Story-Teller
V




UC防衛軍の本拠地は、首都圏の臍、つまりど真ん中にある。

オフィス郡を潰してまで作った広大な敷地には、厳重な警備で守られている本部がどっしりと佇んでいる。
本部を挟んで東側に併設するのは、UC防衛軍に入隊を希望する者が入所する二年制の隊員養成所と、防衛軍の隊員や養成所の候補生達の居住区である隊員寮。
本部西側には、『UC館』がある。一般入場者向けにエネルギー量の低い本物のUCを展示していて、UCの正しい知識を広く学んでもらおうと三年前に開館された記念館だ。
入場客数は、人気の美術館よりも多い。それほどに、国民のUCへの関心は強いのだろう。


相楽は、本部二階への階段を昇りながら溜め息を吐いた。
相楽が先程までいたオフィス街は、ここから歩いて十分の距離にある。目と鼻の先、という距離だ。
防衛軍と反UC派とは衝突が絶えず、首都圏では毎日どこかで反UC派が騒ぎを起こしているというのに、なぜこの本拠地はこんなオフィス街のど真ん中にあるのだろう、と、常々疑問に思っている。
UC防衛軍への反発運動として、本拠地の近隣では今回の様な暴動が起こることも少なくない。本拠地を作る際に、近隣住民からの反対は無かったのだろうか。
この軍はそういった配慮に欠けている気がするのだが、国軍とはそんなものなのだろうか。と、もう一度吐き出した溜め息を飲み込みながら、ぼんやりと思う。


軽い足取りで昇った先にあるファースト・フォースのオフィスの扉を開くと、いつもは隊員たちの声で賑やかなはずのそこは、シンと静まり返っていた。相楽以外は、まだ誰も帰還していないようだ。
オフィスの中には隊員一人ずつに割り当てられた12個のロッカーと、UCに関する資料が詰まった棚、ポットやコンロなどの必要最低限の家電、そして隊員達のデスクが並んでいる。

床に落ちていた持ち主不明のペンを拾い上げてからロッカーを開き、漆黒のブルゾンとベストを脱ぐ。臙脂色のネクタイを外しながら土や埃で汚れたワイシャツを見下ろして、また一枚シャツが駄目になったな、と眉を寄せた。

耳に着けていた小型の無線機を外し、腰に巻いていたシザーバッグをデスクの上に置いてから、その中に無理矢理詰め込んでいた警棒とSIG SAUERを出して、装填されていた弾を外す。
「危ないから、ちゃんとホルスターを使え! 馬鹿者!」と篠原に怒られてはいるのだが、シザーバッグに入れた方が持ち運びに便利だと思う。ホルスターは、まだ慣れない。
そうして篠原を無視してシザーバッグを使い続けているが、恐らくそろそろ大きな雷が落ちるだろう。

収納箇所が多い愛用のシザーバッグの中には、UCのエネルギー量を測る手のひら大の簡易測定器と、必要最低限のピッキング道具、そして大量のキャンディとチョコを入れている。
キャンディやチョコレートは、相楽にとって無くてはいけないものだ。銃を忘れても、キャンディとチョコレートは絶対に忘れることはない。
バニラ味の真っ白なキャンディを包装から取り出して、口に放り込む。じんわりと口に染み込んでいくように広がった甘い味に目許を緩めて、肩を下ろした。そうしてからようやく身体中が酷く痛むことを思い出し、顔を顰める。
そういえば、吉村に治療を受ける様に言われていた。穏やかに見えて、吉村は怒らせると怖いらしい。

素直に治療を受けに行くか、と細い息を吐き出しながらシザーバッグを放り投げて、ロッカーを閉じる。
口の中のキャンディに歯を立てて砕いてから、オフィスを出た。



─────────……



階段を降りてすぐに見えた『医療班オフィス』の文字。

手の甲で三回ノックをしてから扉を開くと、消毒液の匂いが鼻につく。怪我と隣り合わせの部隊に配属されてからは、すっかり嗅ぎ慣れてしまった匂いだ。
オフィスの中は様々な薬品が棚に並べられ、壁際には何に使うのかパッと見では解らない機材が所狭しと置かれている。広い室内には四つのベッドが均等に置かれているが、今日は一つもカーテンが引かれていない。どうやら、先客はいないらしい。

清潔感溢れる室内を進むと、窓際のデスクの前に一人の男性がいた。
大量の書類が乗ったデスクの端に腰を下ろし、長い足をふらふらと揺らしながら、肩を竦めてから「おかえり」と微笑む。
ふわふわと緩いウェーブのかかった茶髪に端正な顔立ちで、さらに羨ましいような高身長だ。その容姿はまるで芸能界に居そうな印象を与えるのだが、さらりと羽織った白衣がやけに似合っているおかげで、彼はモデルでも俳優でもなく、医者だと確信させる。
不意に悪戯気に目を細めた彼は、相楽の横を通り過ぎて、薬品が並べられた棚の戸を開いた。

「今日はまた一段と無茶したみたいだな」

消毒液やガーゼやらを棚から取り出した彼……UC防衛軍医療班副班長・風早 凉介(かざはや りょうすけ)に、相楽はそっと目を逸らしながら頬を掻く。
風早に促されて丸椅子に座ると、早速額の切り傷に消毒液を掛けられてしみた。思わず頭を引けば、がっしりと後頭部を掴まれてしまった。

「この近くで爆発騒ぎだって? 犯人は捕まえた?」

落ち着いた、どこかのんびりした声で問いながらも、風早の手は素早く動いて治療を進めている。相楽は、彼の手を見上げながら頷いた。

「捕まえました。人数は六人で、トラックの荷台いっぱいに火炎弾積んでました。火事にならなかったのが不思議なくらいです」

「なるほど、捕まえたのは相楽か。また一人で突っ込んで行ったんだろ。篠原に怒鳴られたんじゃないのか」

「……風早先生、なんで解るんですか」

まるで一連を見ていたような風早に目を丸めながら問えば、意地悪くにやりと口端を上げて笑った風早が、片手で相楽の後頭部のコブを撫でた。ちくりと痛む。

「篠原が近くにいたら、こんな怪我させないだろ。大事にされてるからな、相楽は」

「……なんですか、それ……気持ち悪い」

ギュッと眉間に堅く皺を寄せて首を横に振れば、けらけらと声を上げて笑われてしまう。
風早と篠原は、二人が養成所に在籍していた頃からの友人同士らしい。
四六時中一緒に任務に出ている相楽でも解らない様な篠原の性格も熟知しているのは、風早ぐらいでは無いだろうか。

だからと言って、『あの』篠原が、自分を大事にしているという点には素直に納得は出来ないのだが。口を開くと、馬鹿者、あほか、と容赦無く怒鳴られているわけだし。

相楽が不満げに眉を下げているうちに手当ては終わったらしい。風早がデスクの引き出しを開けると、そこにはびっしりとからチョコが詰め込まれている。そのうちの一つを相楽の手のひらに乗せてから、どうぞ、と勧めてくる。

「活動源が甘い物って、女子高生みたいだな、相楽」

「……放っておいてください」

口にチョコを入れてそっぽを向けば怒るなよ、と苦笑が返ってくる。

「最近、輪を掛けて増えてきてるな、反対派の暴動」

不意に静かに言われ、口の中のチョコを舌で溶かしながら頷いた。

「左翼派で反UC団体の『桔梗組』の当主が、イタリアから帰国したらしいです。当主はイタリアでも過激な反対運動をしていた人物で、それが影響しているのでは……って、吉村さんが言ってました」

「ふーん」

聞いておいて興味無さそうな相槌を返してくる風早を見上げれば、彼はジッと相楽を見つめていた。

「気を付けろよ、相楽」

「はい」

素直に頷いて立ち上がり、九十度に腰を曲げて頭を下げる。

「手当てしてくれてありがとうございます」

「ああ。今日はゆっくり休めよ」

優しい声に、相楽は再度一礼してから医療班のオフィスを出た。



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