Story-Teller
side beginner T




「馬鹿か、お前は!!」

辺りのビルに反響してこだまする大音量で発された怒声は、激しく頭痛を誘った。指先でこめかみを押さえて、きつく眉を寄せる。
怒鳴られた張本人とは思えないほどに不遜な態度で、これもまた相手を苛立たせるわざとらしい大きな溜め息を吐き出した。

UC防衛軍精鋭部隊"ファースト・フォース"の新入隊員である相楽 天(さがら そら)は、こめかみに当てていた指を今度は眉間に移動させてから、二度目の溜め息を吐き出す。
その容姿にはまだ幼さが残るが、細身で小柄な体躯に漆黒のブルゾンと同じく漆黒に赤のラインが入ったタイトなベストを纏った姿は、誰もが振り返るような清廉さを漂わせている。
ほんのりと喉に凹凸があることに気付かなければ、非の打ち所の無い美少女と崇められるような容姿を持つ相楽は、そんな整った愛らしい顔を怪訝に歪ませていた。


「やっぱりうるせぇ……」


顔を歪ませたままの相楽の小さな呟きが聞こえたのであろう。相楽の頭痛の元凶は「あ゙?!」とドスのきいた声と共に、思いきり顔を顰める。
その男は、百八十センチを越えるスラリとした体躯に整った精悍な顔立ちという恵まれた容姿であるにも関わらず、纏う空気は堅気のものとは程遠い険しさを放っていた。その場に佇んでいるだけで、他が圧倒されてしまうような存在感だ。
今にも破裂してしまいそうな張り詰めた空気を纏わせる彼―ファースト・フォースの隊長・篠原 紀彰(しのはら のりあき)は、元より鋭い眼光を更に細め、背の低い相楽を見下ろしていた。


「何度言えばわかるんだ! お前一人の勝手な行動が、他の隊員や一般人を危険に晒すかもしれ……」

「じゃあさっさと応援に来てくれればいいじゃないですか。 ……それとも今まさに逃亡しようとしてる敵を、手を振って送り出してあげれば良かったんですか?」


篠原の言葉に被せて口を尖らせれば、彼の眉間がピクリと不自然に引き上がった。青筋が浮かんだこめかみに、あ、まじで怒った、と冷静な視線を送る。


「そういう問題じゃないだろうが!」


次の瞬間、再度頭痛の素を投下され、今度は耐えきれずに目を伏せた。
ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ。猛烈な勢いで放たれるマシンガンの様な怒声に、相楽は歯を食い縛り、目を伏せたまま長い溜め息を漏らす。

説教をそこそこに聞き流しながら視線を横に移動させると、つい十数分前に相楽が制圧した反UC派の男達が、ファースト・フォースの隊員達に拘束されているところだった。
手っ取り早く動きを封じる為に後頭部を狙って攻撃した為か、男達は昏倒している。自分一人ではまともに立って歩けないほどにふらついている男達を、引き摺る様にして連れていく隊員達の姿が見えた。

いいだけ街をぐちゃぐちゃにしたわけだから、奴らはしっかり法で裁かれるべきだろう。
……それにしても、流石に少し殴りすぎたかもしれない……




「―?!」

物思いに耽っていた相楽は、不意に左頬に走った激痛に飛び上がる。頬を引き裂かれるような痛みに、慌てて視線を戻した。

見えたのは、上司の引き攣った表情だった。
しっかりと相楽の頬を長い指で摘んだ篠原は、先程よりも青筋をはっきりと浮かばせて、笑っているとも怒っているともつかない顔で相楽を見下ろしていた。
その複雑な表情が、限界を超えた怒りから来ているのだと気付いた時には、既に遅い。


「お前は、口で言っても、理解出来ないようだな……」

ずしりと地を這うような静かな低音が、篠原の怒りが完全に頂点に達してしまったことを如実に示している。それと同時に、相楽の左頬が悲鳴を上げた。

「……あにょ……いひゃいんれすけろ……」


こんな危機的な状況下でも出てしまった反抗的な態度を、今は呪う。



「この、馬鹿者が!」

「いっっっ!」


篠原の低い怒声がビルに反響すると同時にガシリと両頬を掴まれ、顔面を引き伸ばす気なのか! という程に引っ張られた相楽は声にならない悲鳴を上げる。
鍛えられた軍人に全力で頬を捻り上げられ、握力で頬が潰れてしまいそうな激痛で咄嗟に言葉が出ない。
頬に食い込んだ篠原の指が、ぎちぎちと不穏な音を立てているのが聞こえてくるではないか。本当に引き伸ばそうとしているらしい。


「いひゃい! ばひゃぢひゃら!」

「あ゙あ゙っ?!」


必死に抵抗するも、相手は相楽よりも頭一つ分身長が高く、更に自分は小柄で力も然程強くは無い。篠原の手を引き剥がそうとすれども、その硬い手は簡単に相楽を振り払ってしまう。

抵抗する程に痛みを増す頬に目が潤んできた。このまま、頬を引き千切られて死んでしまうのかもしれない。
急速に襲う生命の危機に、咄嗟に篠原の脛を蹴る。
そうすれば、頬を掴んだまま左右に揺さぶられて、操り人形のように振り回された。
キャンキャンと小型犬のように悲鳴を上げても、怒りに突き動かされている篠原には聞こえていないようだ。


「……篠原、もうその辺にしてあげたらどうだ? 相楽が千切れるぞ?」

突如背後から聞こえたふわりと優しい声に、咄嗟にホッとした。

一瞬顔をしかめた篠原は、チッと舌打ちをして相楽を解放する。

ヒリヒリする頬を撫でながら振り返ると、視線の先には相楽の救世主が立っていた。




[次へ#]

1/9ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!