Story-Teller
狼まであと何秒?(湊都)



養成所から寮の自室に戻ってきた湊都圭は、外が酷い雷雨だったことに眉を寄せた。
もともと今夜は荒れるという予報だったが、それにしても酷い。

来ていた制服のジャケットをハンガーに掛け、窓を眺める。
こんな天気でも、彼は任務に出てるのかな、と息を吐いた。

それと同時に、ビーッと呼び出しのチャイムが室内に響く。
養成所の仲間が遊びに来たのかな、と扉へと駆け寄って開き、思わず息が止まった。

扉を開いた先に立っていたのは、相楽天だった。


え、今日、夜勤って聞いてた気がする…

と、脳内で混乱していたが、天がジッと俯いている事に気付いた。
見れば、腕には大量の課題があるし、オフィスからそのまま来たのか、私服ではなく、ワイシャツに臙脂色のネクタイを締めたままだ。


「…相楽…何かあった…?」


問えば、ふるふると首を横に振る。


…嘘つきだなぁ。


苦笑して、身体を脇に寄せて天を部屋に招き入れた。

素直に部屋に入る天を見ながら扉を閉め、備え付けの簡易キッチンに立つ。


「相楽、ココアでいい?」


背を向けたまま聞けば、うん、と小さく返ってくる。

やかんにいれた水が沸くのを待ちながら、振り返ってみた。

天は課題を床に置き、チョコンとベッドに座って窓から外を眺めている。


「…篠原隊長に怒られたの?」


問えば、窓を眺めたまま首を横に振る。


「…何かミスしちゃった?」


やはり、首を横に振る。

他に、何があるかな、と考えて、一つだけ思い付いた。

丁度良く沸いた湯を知らせる様に、やかんがピーッと叫んでいる。

ココアの粉末を入れたカップに熱湯を注ぎ、それを持って天の隣に座った。

どうぞ、とカップを渡すと、無言のままで受け取る。

一口飲んでほぅっと息を吐いた天の髪を、ゆっくりと落ち着かせる様に撫でた。


「…ごめん、急に来て」


申し訳なさそうにそう呟いた天に、ううん、と首を振った。


「いいよ、別に。相楽がここに来てくれるの久々だから嬉しいし」


言えば、少しだけ微笑んでくれる。
そのまま髪を撫でていたが、意を決して口を開いた。


「……凉子さんのこと?」


問えば、天はギュッと唇を噛んで俯いてしまった。

膝に降ろしたカップを見下ろし、ジッと視線を下げている。

それに対して、自分は髪を撫でたまま天が話し出すのを待った。





「…篠原さんに、迷惑かけてる」


呟いた天は、そっと目を伏せた。


「どうしていいか、わからなくて…」


小さな声は、微かに震えていた。

伏せてしまった瞳からは何も読み取れず、髪を撫でていた手を止める。

そうして降ろした手を天の手に重ねると、天は目を開いて見上げてきた。

どうにか落ち着かせたい、と優しく微笑んだ自分を暫くジッと見つめていたが、不意に天は肩に頭を乗せてきた。

急なことに、一気に胸が高鳴った。
鼻腔を擽る天の甘いシャンプーか香水の香りに、内心焦ってしまう。


「こんな時ばっかり頼ってごめんな」

「いいって」

内心は狼狽しながらも冷静を装って言えば、天は小さく息を吐いた。


「…少しだけ、このまま考えさせて」


やはり震えている声に、泣いているのかと視線を下げてみたが、自分の角度からは髪で隠れてしまって見えなかった。


触れた肩や腕が、熱を持って怖いくらいに熱い。




……天には、あまり人には知られたくない家庭の事情がある。

その秘密を知る数少ない一人だということに、自分が優越感を持っていることは、天に知られたくなかった。




例えば。

触れた肩先が熱く、心拍数が一気に上がっていることも。

落ち込んで頼ってきてくれているのに、不謹慎なまでに、天に触れたくて触れたくて苦しいことも。

自分を頼りにしてくれていることが、言葉に出来ない程嬉しいことも。

今にも、強く抱き締めたいことも。




『良い親友』であればある程、この感情は醜く淀む。


雨が窓を打つ音と、天の呼吸と、カップから上がる白い湯気と。

そんなもの、一つ一つが敏感に思考を揺さぶった。






きみが好き。

こんなにも儚くて綺麗なきみに対して、この想いはあまりに汚いから。

必死に、抑え込みたいのに。



でも、それが出来なくなるまで、あと何秒?




お題:確かに恋だった より


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