Story-Teller
きみの心に触れさせて(吉村)



篠原君と相楽君が深刻そうな顔をして話し込んでいるのを見掛ける。
それは、相楽君がファースト・フォースに入隊した時から頻繁に見られた。
誰かが近付くと、何事も無かった様に話を止めてしまうから、何を話しているのかは知らない。

ただ、その間、相楽君はいつも悲しそうな、そんな表情をしていた。





雨が降りそうだな、と廊下の窓から外を眺めた。
濃い灰色の空は、もうそろそろ輝いていてもいいだろう月すら隠し、どんよりと淀んでいる。


「吉村さん」


不意に少しだけ高い、アルトの声で呼ばれて振り返った。
廊下の先には、相楽君が立っている。
両腕に課題を抱えている姿に笑みが漏れた。


「お疲れ様です」


ペコリと頭を下げる相楽君に挨拶を返し、課題を見下ろす。


「今回もたくさん出されたようですね、課題」

「修了試験を受けるまではずっと出るらしいです」


溜め息混じりに言ってから忌々しそうに課題を睨む表情が、随分幼くて笑いを抑えた。
しかしふと、相楽君が何故一人でいるのか首を傾げる。
シフトを思い出せば篠原君と相楽君が夜勤で、もうオフィスに待機している時間帯だった。


「…相楽君、夜勤は?」

「篠原さんが急な会議に呼ばれて……
急遽、明日が夜勤の高山さんと関に代わってもらったんです」


そうなんですか、と返すと、相楽君はコクリと頷いた。


急な会議?と思考を飛ばす。
大体、会議には篠原君と一緒に高山君か自分が出席する。
皮肉混じりの篠原君の言葉は、軍上層部の方々には刺激が強すぎるので、そのストッパーとしてだ。
しかし相楽君の話からすれば、高山君はオフィスにいるというわけだから、篠原君だけが会議に行ったことになる。

一人で、行かなければならない会議?


「…何の会議なんでしょうかね」


ポツリと無意識に呟いたのだが、その瞬間に相楽君の表情が強張ったのが見え、眉を寄せた。

……あぁ、相楽君関連の会議なんだな、とすぐに理解する。

思えば、相楽君には謎が多い。
軍内での相楽君に対する評価は、『前代未聞』。
養成所在籍中だというのに精鋭部隊ファースト・フォースに配属されて…
基本的な訓練しか受けていない筈なのに、ファースト・フォースの任務にしっかりとついてくる。
それどころか、相楽君が入隊してからファースト・フォースの任務執行の功績も上がっている。

賛否両論はあるものの、一隊員としての評価は高い。


…にも、関わらず、上層部では相楽君をファースト・フォースから除隊させる動きが活発だ。
篠原と共に、上層部連中から何度も嫌味を言われたことがある。


………何か、相楽君が精鋭部隊にいることに不都合でもあるのか、という程にあからさまな反応だった。




「相楽君、きみは…」


呼べば、相楽君は窺う様に見つめてきた。
それは、秘密がバレてしまうのを恐れている様な、そういう表情で。
やはり、何かを隠しているんだと確信してしまう。


「…課題、頑張ってくださいね。
早めに終わらせてしまわないと、また溜め込んでしまいますから」


やんわりと笑みを見せて言えば、相楽君はホッとした様に目を細めた。

本人は無意識だが、隠し事は得意じゃないのだろう。

一礼して寮の方へと歩き出した相楽君を見送ってから、窓の外を眺める。
ポツリポツリと降りだした雨が、地面を斑に濡らしていた。



…解ってはいたつもりだけど、篠原君には言えて、私には言えないんですね。
端から見れば、相楽君は自分に懐いている様に見えるらしいが、一番絆が深いのは篠原君だと思う。



…相楽君の心に手で触れられたら、いいのに。

そうすれば…

痛んだ部分を撫でて、優しく微笑んで、安心させてあげられる。

私だったら、相楽君に悲しい表情なんてさせないのに。





「何やってんだ、吉村」


掛けられた声に視線を上げると、随分疲れた表情をした篠原君が立ち止まってこちらを見ていた。


「…一番最初に目を掛けた人物っていうのは、得ですね」

「あ?」

「いえ、別に。会議お疲れ様です」


うっかり漏れた本音を誤魔化す様に早口で言いながら隣を通りすぎると、篠原君が首を傾げながら見送ってくる。


今は貴方の顔、見たくないです。


口には出さずに、オフィスへと早足で戻った。




お題:確かに恋だった より


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あきゅろす。
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