Story-Teller
XII



「都築がした行為は、人道からは逸れたかもしれないが、UCの新たな使い道を拓いた革新的な方法だ。都築が得た身体能力は、肯定的に考えれば、医療の向上にも繋がるものかもしれない。……だが、今はまだ、“UCを体内に流し込むこと”に対するデータが少なすぎる。かといって、人体実験なんて今の日本では行えるはずもない。『都築』しか標本が無い状態だ」

「だから、都築を野放しにして、データを得るために様子を見ているってことですか? 都築がファースト・フォースを強襲しても、桜井さんや吉村さんが……あなたが、どんな傷を負ったとしても、それすら“データ採取”の一環だって言うんですか? こんなっ!」

語尾は、喉が引き攣って途切れた。
無意識に伸びた手が篠原の腕に触れる。
衣服の下に感じた包帯の感触に唇を噛み締め、「こんなことを」と吐き出した声は悲鳴のように高くなった。

「狂ってるのは、都築じゃなくて上層部じゃないか! ファースト・フォースを……篠原さんを、なんだと思ってるんだ!」

「相楽、落ち着け」

「っ……」

篠原の腕に触れていた指を掴まれ、顔を上げた。
唇を噛んだまま見上げた相楽に、篠原は首を横に振る。

指先をゆっくりと包み込まれてから、初めて気付いた。相楽の手は、震えていた。
恐怖や怯えからくるものではない。
篠原たちが体を張ってUCを守ったというのに、上層部は今、再びUC館に現れた都築のデータをまとめることに砕身してるのだろう。
それに対する、怒りだ。
怒りで、身体中が震えている。

ファースト・フォースは、『都築』をその身で引き止める壁であり、『都築』の猛威を一身に受ける避雷針にされている。
そんなことを、彼らにさせていいわけがない。
そんなことを、誰も許していいわけがない。
それなのに。




「ただ黙って生贄にされているつもりはない」

篠原の声ではっとした。
無我夢中で彼の指を強く握り返していた相楽を、篠原は一度手を離してから、落ち着かせるように強く握り締める。
その握る強さは、昏々と眠り続けた篠原とは相反する、生命力を持っていた。そう気付いただけで、強張っていた肩も、震えていた指も、ふっと力が抜けるのを感じる。
篠原は、いつだって相楽の不安をいち早く察して、一身に引き受けてくれる。安心すると同時に、胸が痛んで、鼻の奥がつんとした。

「都築以外にも体内にUCを流し込んだ人間が、少なくとも一人以上はいるってわかったんだ。……お前が拘束したあの女以外にも、都築と同じように体内にUCを流し込んだやつがいて、それが『成功』していたとしたら、データ採取どころの話じゃない」

「……都築みたいなバケモノが、まだいるかもしれないってことですか」

「可能性は、ある。今までは、都築だけが特殊だと推測して様子見していたが、もし特定の条件さえクリアすれば都築と同じ状態にできるとすれば……」

特定の条件。と相楽が反復すれば、篠原は頷いて、握ったままの相楽の手を見下ろした。

「恐らく、血中の状態とUCの配分さえわかれば、都築が完成した理由がわかるはずだ。UCが多すぎても少なすぎても都築の状態にはなれない。今の都築の体の中さえわかれば、対抗策はできる」

相楽が眉根を寄せて篠原を見つめれば、ふいと視線を合わせた篠原が二度瞬きをしてから目尻をゆるめる。

「お前が時間を稼いでくれたおかげで、そっちの解析も進んでる。対抗策は、すぐに手に入る」

「……木立さん、たち?」

ぽつりと呟けば、篠原は満足そうに微笑んだ。手を離し、分厚い報告書のひとつを開く。
相楽には理解できそうにない数値が細かく並べられたページだ。辛うじて知っていた「赤血球」という文字のうえで目を止め、まさか、と口を開く。

「木立さん達、都築の血中成分を解析もしてるんですか?」

「専門知識に関しては風早の手も借りてるがな。UC館内にあった血痕は俺の血と混ざっていたが、関が追ったUC館外の血痕は混じりっけのない百パーセント都築の血だ。充分に調べられる量は採取できたらしい」

「……俺、本当になにも出来てなかったんだな……」

囁いた語尾が弱くなった。
脳裏に浮かんだ木立の、濃い隈が浮かんだ笑顔に、ただ感服する。
木立を始め、ラボに籠もり切りだった後衛メンバーは、『都築』という化け物の正体を明らかにするために睡眠を削っていたに違いない。
ぐっと眉根に力を入れる。そうしないと、得体の知れない涙が出そうだった。
必死に堪えていれば、篠原の指が伸びてくる。深い眉間の皺を親指で押され、口をへの字に曲げて抗議すれば、すぐに頭をぽんぽんと撫でられた。

「人身御供だって、叛乱を起こすことだってある。ファースト・フォースは健気に貢献してやっただろう。もう、充分だ」

はっきりと言う篠原に、なにも言わずに頷いた。
本当は、ほんの僅かだって「人身御供」として捧げられてはいけなかったはずだ。
それは相楽が知り得ぬところで行われていた儀式だったが、もう知らぬままではない。


もう、彼を、捧げるつもりはない。







「……木立さんたちのこと、なにか手伝えることないかな……」

ベッドの脇に置いた椅子に座ったまま上体を折り、真っ白なシーツに片頬を押し付けて呟く。
まるで風船が割れたように、緊張感が体から抜けていったのを感じる。
目を閉じれば、今にも眠ってしまいそうだ。ここ数日の睡眠不足が、急激に襲ってくる。

大きな手が額に触れて、視線を上げた。
見上げた篠原は、膝に乗せたままの報告書に目線を落としたまま、ぐりぐりと相楽の額から頭頂部へと手の平を動かす。
非常に雑な撫でられ方だ。飼い犬を相手にしていたって、もう少し丁寧に撫でてやるものだろう。
しかし悲しいかな、そんなぞんざいな扱いでも、今は人の体温が心地良い。

「……俺、どうすればあなたの役に立てる?」

うとうととまどろみながら呟けば、篠原の手が止まった。

「……もう、ああいうのは、見たくないな……」

ああいうの、ってどういうのだっけ。などと、自分で自分に問う。睡魔が脳を支配していて、正常な動きとは程遠い。
止まったままの篠原の手は、温かい。生きている証だ。

「なんで」

篠原の声が聞こえた。夢とうつつの間で行ったり来たりを繰り返している相楽は、ついに目蓋を伏せてしまう。
真っ暗ななかで、篠原は続ける。

「なんで、あの時、謝ってたんだ、お前」

「あのとき?」

「俺が死にかけてた時」

そんな篠原の言葉に、目蓋の裏で赤色が花のように散るのを感じる。
ここ数日、相楽の睡眠を妨げていた色だ。ぐっと眉根と肩に力が入った。
なにか感じ取ったのか、篠原の手が再度動き出す。今度は、ゆっくりと丁寧に、髪を梳くような優しい撫で方だった。

「……一緒に行くって言ったのに……離れるな、って……言われたのに……」

ぼんやりと、あの夜を思い出す。
必死に叫んで、必死に請うた。
ごめんなさい。どうか、どうか、許して。俺は、この人を支えたかっただけなのに、まちがえてしまった。
ごめんなさい。許して。どうか、この人は、この人だけは。

「離れなければ、よかった……」

強い後悔となって、今も残る。赤い色と一緒に。

「……相楽」

篠原の声が、聞こえる。
けれど、温かな彼の手に安堵した体は、もう使いものにはならなかった。
やけに優しく囁いた篠原の言葉は理解できないまま、数日ぶりの深い眠りへと沈んだ。



>>>To be continued,



[*前へ][次へ#]

12/13ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!