Story-Teller
XI


「あの派手な容姿と知識量に加えて、制圧に乗り出す防衛軍を負かす抵抗力だ。都築が体内にUCを流し込んでることを知っている反UC派の連中は実際には一握りしかいないようだが、崇拝するには充分すぎるだろう」

篠原が息を吐く。重たい、溜め息だ。

「……ホテルで、お前が抑えたあの女」

「え?」

「あいつも、見ただろう」

なにを、とは聞かなくてもすぐにわかった。
あの夜、相楽がホテルのエントランスで交戦した、あのドレスの女の「目」だ。都築と同じ。蒼い光がちらちらと揺れていた。

「まさか、あのひとも?」

「恐らくな。……だが、都築ほど完璧には“造れなかった”んだろう」

篠原が資料を差し出してくる。相楽が作り上げた報告書だ。
開かれたページは、ホテルで取り押さえられた女の報告が並べられている。

ホテルから本庁へ護送される間に車両内で突然暴れ出した女性は「警官の腕を噛み切り」、走行中の車から飛び出して、対向車に轢かれて亡くなった。

―何の躊躇いもせずに、人体をその口で噛み千切った。
―気が狂ったように叫び、制止を振り切り、走行中の車両から飛び出した。
―それはまるで「薬物中毒者がヤク切れを起こしたみたい」だった。

正気の沙汰ではなく、相楽と対峙したその脚力や腕力は並みの女性とは思えなかった。
そこから連想されるのは、「都築」だ。

「都築は自我を完全に保ったまま、身体能力だけを高らしめたが、同じ状態にしようとしたあの女はそれが出来なかった。相性が悪かったのか、都築とは方法が違ったのか……詳しいことはわからんが、自我はほぼ欠如していたし、任務を遂行することしか脳に残されていない不完全な形で、極めつけの薬切れだ」

「……都築は、自分以外にもUCを流し込む実験をしてる……?」

「その可能性は、以前から懸念していたが……今回のことで確証を持ったな」

死んだ女の体内から、UCのエネルギーは検出されたのだろうか。
不意に浮かんだ疑問に顔を上げると、篠原と目が合った。
篠原は、相楽が作った報告書とは別の綴りを一冊膝に乗せている。それもこちらに差し出し、受け取った相楽は無意識の溜め息を吐き出した。

あの女の身元。
体内の薬物反応の検査結果。
そして、都築と同様、高濃度のUCエネルギー反応が見られる血液成分のデータ。

文字と数字とが羅列したその報告書は、今日の日付で提出されている。相楽が席を外した少しの間に、誰かがここを訪れ、篠原に渡したのだろう。

……「誰か」。
そうか、と合点がいった。
屋上に相楽を探しに来てくれた木立が、どうして篠原の病室を訪れたのか。
「これ」を篠原に届けに来たのか。

相楽が悶々と悩み、ファースト・フォースならびに篠原をどうにか守れないものかとしている間に、相楽以外のファースト・フォースのメンバーは、黙々と対策を打っていたのだろう。
「都築」という化け物への対抗策を、今度こそ成功させなければならないと。

「……敵わないですね」

「なにが」

相楽が報告書を篠原に返しながら苦笑すれば、彼は片眉を上げる。

「あなたにも。皆にも。……俺も、しっかりしなきゃ」

最後は自分に言い聞かせるように、声が小さくなった。
報告書を膝の上に戻した篠原は、そんな相楽を眺め、そっと眉根を寄せる。

「大丈夫か?」

「はい?」

「……都築の血中にUCが流れていることを知った上層部は何人か吐いて倒れたぞ」
「ああ……まぁ、都築が正気ではないのは、間近で見てわかっていましたから……薄気味悪いとは思いましたけど……」

そこまで言って、はっとして目を見開いた。
篠原の膝の上にある報告書を一度見下ろしてから、相楽は「ちょっと待ってください」と声を潜める。

「篠原さん、都築が体内にUCを取り込んで身体能力を上げていることを知っている人っていうのは、どの範囲までいるんですか? “上の人間”はほとんどが知っているっていうことですか?」

相楽が問うと、篠原の寄った眉根がより堅くなるのがわかる。
相楽がそれを聞くことを、望んでいなかったんだろう。気付かないでいて欲しかった、と言いたげな視線だった。

篠原は、頷く。
一度伏せた目をゆっくりと開いた篠原は、真っ直ぐに相楽を見た。

「防衛軍幹部と政府関係者は、ほとんどの者が認知している。警察の上層部と一部機関も」

「……それなのに、どうして都築は今ものうのうと日本に出入りできているんですか。そもそも、都築はUCの防衛軍を対象としたテロリストです。ただでさえ要注意人物であるはずなのにUCで補強された体を持っているなんて、今すぐにでも拘束されるべきじゃないんですか……」

「そうされない理由も、もう気付いてるんだろ」

返す声は静かだ。
混乱したように捲くし立てる相楽とは対照的に、篠原は落ち着いている。

ホテルで相楽が都築と接触したことに気付いた篠原は、都築が「再度」防衛軍への急襲を企てていることをいち早く察していた。
同じ建物内に居た総司令を関と木立に護衛させて送り、己は真っ先に基地へと向かった。
異様さを漂わせていたUC館へ、一人で向かおうとした。相楽を置いて。

篠原は、覚悟していた。
ほかの誰でもなく、自分が、都築と相対するのを。

「ファースト・フォースは、人身御供だ」



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あきゅろす。
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