Story-Teller
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「……都築がイタリアの研究機関に所属してから、間もなく、独立した都築は個人の研究所を開いた。それが、桔梗組の前身だ。メンバーは都築と、日本人の補助員が数名。活動内容が不明なその研究所が、国家のUC保有権限に対して反対運動を始めたのは、それから一年後だった」

篠原の声が、徐々に低くなっていく。核心に近付くのを感じた。

「桔梗組、と名乗る日本人が、イタリアでほとんどテロに近い過激な反対運動をしていることは、すぐに日本の防衛軍にも伝わった。その主犯が、元は防衛軍の関係機関にいた都築であることも。ただ、都築は、良くも悪くも『中立』にいたはずだ。どうして、反UCの側に傾いたのか、誰もわからなかった」

「……都築はUCの保全に関して無関心だったのに、保有権の独占に対しての反対運動を始めた……?」

「ああ。……防衛軍の情報統括部は、総力を挙げて都築のことを調べ始めた。そうしている間にも都築は勢力を拡大して、イタリアから離れた日本にまで影響を与えるようになった。……都築の独特な空気に惹かれていった、っていうのが発端だろうが、今じゃ、都築は日本の反UC派勢力を牛耳っている」

頷いて、思い出した。
相楽がファースト・フォースに入隊してまだ数ヶ月しか経っていなかった頃、UC肯定派に傾いている出版社を反UC派団体である『紫陽花組』が人質を取って占拠した事件を、だ。

『紫陽花組』は小さい団体だが、活発で過激な抗議運動をする連中だった。
それは、『紫陽花組』を影で動かしていた都築への憧憬が為す動きだったのだと、相楽はのちに知る。
『紫陽花組』に限らず、「都築」という男をすっかり妄信している反UC派だらけだ。

―大きな動きをみせれば、国民は知る。
―大きな声を上げれば、国民は動く。
―だからこそ、「我々」は動くべきであり、叫ぶべきである。
―国の考えを、改めさせるために。
―例えそれが、人道に背いていたとしても、多少の対価は致し方ないものだ。

彼らのスタンスは、都築そのものを映しているのだと、都築のイタリアでの活動を知って理解した。
声を上げ、ときには銃口を向け、畏怖で注目を集め、目を合わせた者を魅了していく。言葉で、行動で。
「都築」は、反UC派の鑑だった。

「都築は、狂ってる。だが、常軌を逸した行動は、現状を打破するべく動く反UC派の連中の目には、魅力的に見える。カリスマ性と狂気は、紙一重だ。ほかの奴らには出来ないことができるっていう点で」

だが、と篠原は息を吐く。

「ただ、狂った言動をするだけでは、目新しく見えるのは最初だけだ。都築が永く崇拝されているのは、都築自身が、性根からの異端だったからだ」

「異端……?」

相楽が囁くように反復すると、篠原はこちらを見る瞳を僅かに細めてから、ゆっくりと一度だけ瞬きをした。
目を開いた篠原が、相楽を見据える。
来る、と唾を飲み込んだ相楽は、篠原が吐き出した「答え」を息を止め、受け止めた。

「採取された都築の血中からは、高濃度のUCエネルギーが検出された。都築の体内には、UCが流れている」

ちりちりと、目の奥が痛む。
都築から溢れていた、あの蒼い光がちらついて消えない。
あれは、あの光は。

「都築は、UCを体内に投与している。それも、都築本人がUCだと測定器が誤認しかねないほどの量のUCを」

蒼い光が揺れた。
都築の目から、都築の身体の奥底から、その肉のなかに閉じ込められた、UCの光だ。

「そんなこと」

できるわけがない。と言い掛けた口が閉じる。
出来るわけがない。
が、その「答え」は、相楽の中にどんよりと留まっていた胡乱さを晴らすには充分すぎる説得力があった。

「UCが人体に及ぼす影響には、未知な部分が多い。特に、健康面において。ただ、一つだけ判明していることがある」

篠原は続けた。相楽が、その先を待つようにじっと見つめていたからだ。
UCは、都築が言ったように、「未だすべてを解明されていない未知のエネルギー」だ。それなのに、人々はすでにそれを家庭を照らす光として取り入れようとしている。
使い方さえ、まちがえなければ。そう言って。

―都築は、使い方を間違えてしまった。それも、故意的に。


「中枢神経の緩やかな破壊に伴う精神の高揚、痛覚の麻痺。長い期間、高濃度のUCのエネルギーを体に浴びた結果、薬物の乱用に似た症状が出ることが動物実験で明らかになっているのは、研究員の最先端に座していた都築が知らないはずがない。都築は……望んで、その状態へと、自分を陥れた」

「……痛覚の麻痺……だから、都築は……」

撃ち抜かれ、死に至るような致命傷を負ってもなお笑っていた都築の姿を思い出す。
狂っている。という表現は、そのままの意味だったんだろう。
UCは覚醒剤や麻薬とは違うが、都築が辿り着いたのは、薬物中毒者のそれによく似ている。

「薬物中毒と違うのは、都築本人の理性が少しも侵されていないことだ。都築は、自分のなかにUCを流し込んである種の高揚状態を維持することで、腕力から脚力、筋力……すべての身体能力を高めることに成功している」

都築は、今や、ヒトの域を超えている。
篠原に向けられた白刃が滴らせた真っ赤な鮮血に、嬉々とした笑みを見せた都築は、己の身体がUCの一部となったことに、完全に陶酔していた。




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あきゅろす。
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