Story-Teller
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「ごめんなさい」

深々と頭を下げた相楽に、大きな溜め息で返したのは風早だった。篠原の腹の縫い痕にガーゼを宛がって、「お前たちさぁ」と呆れたような声で切り出す。

「神聖な病室で不用意にいちゃつくのやめてくれないか」
「いちゃつ、いて、ないです」

咄嗟に言い返そうとした相楽が吃った。ベッドの上で大人しく風早の手当てを受けている篠原と目が合ってしまったからだ。
じりじりと後ずさった相楽を横目で確認して、風早は殊更大きな息を吐いた。

「ベッドの上で、傷が開いちゃうくらいに激しくいちゃついてくれたんだろ。安静にしろって言った直後だっていうのに。相楽が乗っかったのか、篠原の腹の上に。どういう状況で?」
「俺、オフィスに戻ります!」

風早の目が、咎める色から詮索するようなものに変わったことに気付いた相楽は、遂に逃げるように背中を向ける。その途中でテーブルに脛をぶつけてよろけたが、そのまま病室を飛び出していってしまった。

そんな相楽を苦笑で見送ってから、じわりと血が滲んだ篠原の腹の切り傷を見下ろした風早は、不意に笑みを消す。治療の手を止めぬまま「篠原」と囁いた声は、ひやりとした深刻さを含んでいた。
篠原が視線を上げて風早を見れば、包帯の束を片手に声を潜める。

「あの子が上層部に行くのを止めなかった」
「そうか」
「あの子がああしなきゃ、また“あの時”と同じように、ファースト・フォースがぎりぎりの状態になると思ったから、止めなかった」
「……ああ」

わかってる。と篠原が頷く。手を止めた風早は、相楽がいなくなった病室を見渡してから、なおも声を潜めた。

「お前の意識が戻らない間にも何度も副指令官たちが状況の確認に来てたけど、相楽が一人で追っ払ってた。相楽は、お前の意識が戻ったあとの休養のことも考えて、ファースト・フォースの当面の任務の免除を願い出たんだ」
「……相楽は相談したのか、お前に?」
「いや……不穏なこと考えてるのは気付いてたけど、最後は一人で決断した。行って来ますって言って。副隊長さんにも言ってないはずだ」

高山にも、と反復した篠原が、黙り込む。じっと考え込むようにシーツの一角を見つめる篠原に、風早は「なぁ」と彼の腕を叩いた。自分の方へと視線が向くのを待ってから、風早は眉を下げる。

「あの子が、ファースト・フォースを守ろうとして決めたことだ。お前が自分を責めることもないし、あの子を哀れむこともない」
「わかってるから傷が開いたんだろ」
「……逆に、ベッドの上でナニをしたら傷が開くのか詳しく聞きたいんだけど」

篠原が苦笑すると、そんな表情に風早は怪訝な顔を返す。それから、探るようにこちらを眺めていた彼は、不意に笑みを見せた。相楽に向けたのと同じ、詮索するような、そして茶化すような笑顔だ。

「どうしようもなくなって抱き締めちゃった? 意外と手早いよな、お前。弱ってるの?」
「……どうだろうな」

曖昧に返して、包帯、と手当ての続きを促した。にやにやとした意地の悪い笑みを貼り付けたままの風早は、包帯を巻き終えると、ベッドから腰を上げる。
彼を見上げた篠原は、ゆっくりと目を伏せた。

「また、あいつに負けた。相楽のことも守れなかった。俺がこんなことになってなければ、相楽だって母親の名前を出すこともなかったのに」
「篠原」
「さすがに滅入ったのかもな。抱き締めたくなった、いきなり」

ぽつりと呟いて、篠原はそのまま口を閉ざした。懺悔のように目を閉じて、じっと黙り込む彼を見つめていた風早は、ベッドの端に再度腰を下ろす。
目を開いた篠原の頭をわしわしと豪快に撫でてやると、きょとんと目を丸めた彼にその手をがっしりと掴まれて制止されてしまった。

「何してんだ」
「担当医様が癒してやろうとしたんですけど?」

にやりと笑って手を離す。篠原の不愉快そうな目を覗き込むと、何度か瞬きを繰り返した。

「担当医として言ってやる。相楽と、ちゃんと話してみろよ。そうしたら、嫌でも浮上するから」
「相楽と?」
「そう。強いよ、あの子は。さすがにお前が選んだだけある。テロとお前たちの負傷でファースト・フォースどころか基地全体が混乱してる中で、あの子はまっすぐ前を向いて、その先のことを考えてた。どうすればお前たちを守れるか、ずっと考えてた」

腰を上げて篠原を見下ろすと、じっと見上げていた彼は、重たく目を伏せる。
篠原が目に見えて落ち込んでいるのは、「あの日」以来だ。と、風早は眉を下げてから、踵を返した。

ただ、あの時とは違うことがある。墜ちた先から手を掴んで引き上げることができる「切り札」がいる。
真っ赤な顔をして病室を飛び出して行ってしまった「切り札」を引きずり戻すべく、風早は病室の扉を開いた。



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