Story-Teller
W



「吉村の負傷の程度は軽いのか」

篠原が口を開いた。資料から目を離さない篠原の横顔を見つめて、相楽は僅かに言葉を選んでから目を細める。

「右の太腿を斬られて……深く斬られていて、縫いました。ただ、歩行への支障や後遺症は無いだろうって、風早先生が言っていました。足以外は問題ないからって、内勤に出ています」
「……無理するな、休めって伝えてくれ」
「わかりました」

素直に頷いたが、恐らく吉村は聞かないのだろう。
相楽も、何度も「ちゃんと休んでください」と懇願したが、彼は力なく微笑むだけで、聞き留めてくれなかった。

篠原と桜井が抜けた状態での人手の不足を補うために、吉村はデスクワークへと戻った。本当は、自室でしっかりと休養を取るべきなのは、吉村本人も気付いているはずなのに。

あの夜の吉村は、篠原と同様に出血によるショックを起こし掛けていた。半ば意地で意識を保って、自力で医療班の元へと向かった吉村は、自分よりも桜井の治療を優先させたそうだ。
その翌日には、オフィスで仕事をしていた。
何とも無いような顔をしてはいたが、いつもよりも血色が悪いことくらい、いくら相楽でも気付く。
それでも「大丈夫ですよ」と頑なに言って微笑むのだから、他の隊員たちはもう何も言えないでいるようだ。
「隊長命令です」とでも言って、無理矢理にでも自室に連れ戻してしまおうと決心していれば、篠原が資料を捲る音が聞こえてきた。

「UCケースの防護シャッターを降ろしたのは?」
「桜井さんです。都築の姿を確認してすぐに、UCを守るために起動させたと」
「……UCはいくつ壊された?」
「一つも壊されていません。都築が破壊する前に防護シャッターを降ろせたようです」

相楽が返すと、篠原はぐっと眉を寄せた。資料は、UCへの被害報告のページで止まっている。
幸いにも、UC館内に展示されてるUCは一つも破壊されていなかった。館の一部に爆発で風穴が開いてしまったが、他の被害は無い。

「……ファースト・フォースが守ったと、軍の幹部もご機嫌です。早速マスメディアに、テロがあったことを公表していました」

篠原がちらりとこちらに視線を寄越した。その視線に、今度は相楽が眉を寄せる。

「『精鋭部隊が、テロリストからの襲撃からUCを守った』って。『精鋭部隊から怪我人が出たのみで、その他の被害もなく制圧した』と。爆音が周囲にもかなり響いてしまったこととホテルでの騒ぎもあって、隠すことができなかったから潔く公表したんだとは思いますが、そのテロリストが何者だったのか、どうやって侵入したのか、詳細は言っていません。……防衛軍のイメージアップに使われたようです」
「……そうか」

資料へと視線を戻した篠原に、不満な顔をしたままの相楽はローテーブルの上に置いてある朝刊を一瞥した。「あの夜」の翌朝からは、UC館前に大勢のマスコミが押し寄せている。
爆発で穴が空いたUC館を映しては、精鋭部隊を褒めちぎり、UC情勢の専門科たちがやけに物知り顔で今回のテロの実行犯は誰だ、どういった目的だ、なんて議論していた。

上層部は、「優秀な戦闘集団」をマスコミに取り上げさせることで、軍全体を「強く、優秀で、勇敢で、テロにも屈さない」と強く印象付けたかったのだろう。
あれから連日報道されている内容を見る限り、上層部の目論見どおり、ファースト・フォースは一層美化されて国民からの熱い視線を浴びるようになったようだ。



「ホテルで拘束した女は」
「本庁に護送される間に、走行中の車両から飛び出したそうです」
「逃げたのか」
「いえ。……対向車に撥ねられて、病院に運ばれましたが……」

相楽がホテルのロビーで引きとめたあの女は、取調べを受けることも無く、車に轢かれ重度の頭部損傷で亡くなった。
ホテルから連れ出され警察車両に乗った頃には、女も大人しくなっていたらしい。一言も発さずに、黙っていたと。
しかし、突如、変貌した。

「いきなり、気が狂ったように暴れ出したらしいです。同乗していた警官の腕を噛み切って、外に飛び出したと」
「突然?」
「はい。……薬物中毒者がヤク切れを起こしたみたいな、そういう様子だったらしいですが……」

あの女が何者だったのか。ホテルに何をするために来たのか、わからぬままに、当事者はいなくなってしまった。
勿論、そんなことは報道されない。あの夜の、精鋭部隊の活躍だけが取り沙汰されている。

相楽やファースト・フォースの面々にとっては、テロリストの主犯格を追い詰めるための大事な手掛かりになり得るはずだったのだが、呆気なく失くしてしまった。
聞かなければいけないことは沢山あったのだが。


溜め息を吐き出してから、窓の向こうを眺めた。
UC館は報道陣に囲まれながらも、破壊されたフロアの修復を始めている。この病室からUC館は見えないが、外に出れば、機械音が響いてくるに違いない。

「UC館は当面、臨時休館です。その間にシステムの再点検と侵入経路の特定も進めるそうです。ファースト・フォースも、体勢を立て直すまでは、緊急出動以外の外勤の任務が免除されました」
「……珍しいな。上層部が休みをくれたのか? 仕事は増やされるけど、減ることなんてなかったのに」

篠原の声に、相楽は口を閉ざす。
黙った相楽に、ふと顔を上げた篠原が怪訝な顔をした。窺うような目に慌てて顔を逸らして、「そうですね」と頷く。
相楽が篠原から目を背けても、篠原はじっとこちらを見つめている。どうやら、気付かれたようだ。

「……お前、なにかやったのか」
「別に」
「相楽」

問い詰めるような声に、椅子から腰を上げた。テーブルの上にある開きっ放しのノートパソコンの電源を落としてから、篠原を見ないように背を向ける。

「相楽、こっち向け」
「……言ったら怒りますもん」
「じゃあ怒られる要素を自分から増やすな。さっさとこっち向け」

徐々に、篠原の声が険を帯びる。このまま逃げようかと考えて、足が自然と病室の入口へと向いてしまう。

「相楽」

ただ、篠原の声が響くと、止まってしまう。こくん、と唾を飲み込んでから、意を決して振り返った。
視界に映った篠原は、相楽の予想に反して、やけに心配そうな目をしている。
今にも雷を落としそうな般若の顔をしているに違いないと想像していたのに、じっと相楽を見つめる篠原の目は、逃げ出そうとしたことすら後悔するほどに悲しげだった。



[*前へ][次へ#]

4/13ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!