Story-Teller
無意識のゼロセンチ(関)
あ、と声を上げると、デスクを挟んで向かい側に座っていた相楽が顔を上げた。
関は読んでいた雑誌をデスクに開いたまま置き、指で差す。
色とりどりの菓子が並ぶそのページには、きっと相楽が喜ぶであろう文字が大きく書かれていた。
「近くにケーキ屋が出来るって!」
言えば、相楽は、え?!と目を丸めて見つめてきた。
その反応に、よし来た、釣れた、と内心ガッツポーズ。
「来週土曜日オープン予定……
オープン記念でお買上げ頂いた方に特製シュークリームをプレゼント!だって」
指を差した先の文字を読めば、相楽は身を乗り出して雑誌を覗き込んでくる。
その目がキラキラと輝いていることに吹き出すと、相楽はハッと仏頂面に戻ってしまった。
それが酷く残念だ。
「あー、なんでそんな顔すんの?
ニコニコしてれば、めちゃくちゃ可愛いのにー」
ニヤニヤしながら言う関に、相楽はプイッと視線を外し、手元の課題に目を落とした。
まだ終わりそうに無い課題の消化を再開するのを、片肘をデスクについてニヤニヤしながら眺める。
「相楽って子供だよなー。見てて飽きない」
「馬鹿にしてんのか」
シャープペンを動かす手を止めずに、不機嫌そうな低い声で返してくるのに、いやいやと返す。
「褒めてんの。相楽が来てから、ちょー楽しいもん、俺」
「関を楽しませるために入ったんじゃないんだけど」
上目遣いに睨んでくる相楽に、ニヤニヤしていた口許をどうにか押さえつけて真顔に戻す。
どうも自分の顔は締まりが無く、相手に誤解されやすいらしい。
キリッとわざとらしい程に凛々しく眉を吊り上げて、相楽を見た。
「でもさ、本当に、相楽と一緒に居ると楽しい」
「…あぁ、そう」
やはりわざとらしかったらしい。
呆れた様に眉を下げてから視線をまた課題に戻してしまった相楽を、そのまま眺めた。
相楽には、自分にとってチーム内では唯一の後輩だから、とか、年下だから、とか、最初はそういう理由で興味を持ったんだけどなー、と目を細める。
いつの間にか、素直じゃないところや、凄く心配性なとことか…、甘い物を食べてる時の幸せそうな顔とか、一つ一つの仕種に目を奪われていた。
殺伐としていた毎日に、明るい光が射した、そんな感じだ。
…我ながらポエム臭い。
でも、正にそうなんだ。
相楽が、日々の唯一の幸せの素になる。
相楽がいれば、幸せになる。
「俺、そういう趣味無いんだけどなー」
「はぁ?」
思ったことがポロリと口から出ていたらしく、相楽がポカンと口を開いて見つめてきた。
慌てて誤魔化す様に雑誌を捲る。
「相楽!相楽!せっかくだから、来週のオープン記念に行ってみようぜ!」
ほら、色々種類ある!と指差して顔を上げ、口を閉ざした。
再度身を乗り出していた相楽が、想像以上に近い位置に居たからだ。
鼻先でふわふわ揺れる髪から、相楽特有の甘い薫りがする。
雑誌へと向けられる瞳に掛かる長い睫毛が、白い肌に影を落とす。
間近で見れば、やっぱり美人さん。
うぉー、可愛い!ちょー可愛い!!
って、近い!!近いだろ、相楽!!
「ちちちっ近ぇよ、相楽!色々だめだろ、相楽!可愛いな、お前!畜生!」
「…なに騒いでんの?」
わーっ、と椅子ごと飛び退いて離れる関に、相楽は首を傾げて訝しげにしていた。
半ば馬鹿にする様な視線に、人の気も知らないで!と叫びそうになるのを必死に堪える。
ヒョイッと雑誌を取り上げた相楽は、やはり目をキラキラとさせて、たくさんのケーキを眺めていた。
全くもー…
どれだけストレートに好意を伝えても、全く気付いてくれない。
それどころか、警戒すらしてくれない。
まぁ、そういうところも可愛いって言えばそれまでなんだけど。
「…昼の休憩の時に行こうな、オープン記念」
言えば、相楽はコクリと頷く。
それだけで口許が綻んだ。
無意識のキミの行動は心臓に悪いけど、今日も俺は幸せです。
なんてな。
お題 確かに恋だった より
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