Story-Teller
V



篠原の指がゆっくりと紙を捲る。

医療班が出て行った病室の中は、篠原が目を覚ます前と同じくらいに静かだった。違うのは、固く目を閉ざして微動だにしなかった篠原が、今はしっかりと活動を再開しているということ。
顔色はまだ悪いが、世話を焼こうと病室への出入りを繰り返す医療班を怒鳴って追い出した姿は、相楽を安心させるには充分なほどの回復をみせていた。

分厚い資料を捲る篠原の指先を見つめていた相楽は、少しだけ視線を動かして、白い入院服から覗く腕に巻かれた包帯を見つけた。
腕だけではない。服に覆われたその身体のあちこちに、同じような治療の痕が残っている。
しばらくは取れないと宣告されたその包帯へと視線を留めていた相楽は、篠原の手が止まったことに気付いて顔を上げた。

「……不備、ありましたか?」

相楽が聞いても、篠原は答えない。
紙面の文字を熟読するように視線を走らせた彼は、小さな息を吐き出してから、次のページへと紙を捲る。一字も読み飛ばさぬその集中力は、つい先程まで意識を失っていたとは思えなかった。

彼の手にあるものと、その膝に乗せられているものは、相楽が作った「あの夜」の報告書の数々だ。
篠原の意識が戻らない間、ただひたすらにパソコンのキーを打ってまとめていた資料は、ファースト・フォースに総司令の警護の任務が急遽押し付けられたところから始まる。



相楽と篠原、そして関と木立が基地を出てホテルへ向かった時間。
基地に残った高山と桜井、吉村が夜の警備へと準備を始めた時間。
パーティーが開始された時間。
UC館が閉館して、夜間警備システムに切り替えられた時間。
相楽が、怪しい女性をホテルのロビーで引き止めた時間。
関と木立が総司令を警護して、彼の自宅へと向かった時間。
相楽と篠原によって制圧された女性が、警察に連行された時間。
相楽と篠原がホテルを出て基地へと戻った時間。
基地正面へ到着した時間。
関と木立が、総司令宅を出て基地へと向かった時間。
相楽と篠原が、UC館内へと侵入した時間。
そして、都築と交戦を開始した時間。
都築が、UC館から逃げた時間。

記憶のすべてを必死に呼び起こして、キーを打った。相楽が知らない部分は、ベッドの上で療養を強いられている桜井や、治療を終えてデスクワークへと戻った吉村たちに聞いて。
そして、あの日、ファースト・フォースが遭遇したテロの全貌を知った。




「あの夜。俺達がホテルを出てUC館に戻ろうとしたのと同じ頃に、UC館の警備システムに反応があったそうです」

篠原がページを捲る速度が落ちたことに気付いて、相楽は補足のために口を開いた。

無人になったUC館の警備システムは、軍本部の管理部が監視についている。
そのシステムが侵入者や異常を見つけると、管理部からファースト・フォースへと連絡が入り、夜勤のメンバーが確認に向かうのが通常の夜間の警備体制だった。

「ただ、管理部はそのことを知りませんでした。ファースト・フォースのオフィス内にある警報だけが鳴ったんです」

ファースト・フォースへUC館の巡回をするよう要請が入ったのは、オフィスにいた高山と桜井、吉村の三人が聞いている。
しかし、相楽が管理部へとその件の確認に行ってみれば、管理部ではそういった要請をした覚えがない、と言われてしまった。
誰が、その要請を入れたのか、誰もわからない。

「UC館の大フロア内にあるケースの一つに、温度反応があったとの要請だったそうです。侵入者か、UCの異常か、それともシステムの誤作動か確認のために、桜井さんと吉村さんがUC館に向かいました」

管理部では、そんな反応を検知していない、と言われた。
その時間帯の警備システムのデータを見せてもらったが、確かに、温度反応どころか、異常な点は一つも見つけられなかった。
その要請は、ファースト・フォースへと仕掛けられた罠だった。

「桜井さんと吉村さんがUC館に向かったとき、まだUC館も、基地も、どこも閉鎖されていませんでした。異常は無かったと」

篠原がページを捲る。
彼がそこにある報告の文章を読み終えるのを待ってから、相楽は続きを話し出した。

「基地とUC館の連絡棟を通って、UC館の大フロアの直前まで来たところで、突然、館のすべてのシャッターが降りたそうです。でも、基地や館の警備を担っている管理部は、シャッターを降ろしてない。それどころか、シャッターが降りて、鍵が掛かってしまったことにも気付いてすらいなかった」

管理部にある警備システムは、ずっと正常だった。
都築が脱出する際に使った爆薬の爆発音で、ようやく基地の正門がしまっていることに気付いたらしい。

監視カメラの映像は、別の日の何の異常も無い映像とすり替えられていた。管理部が見ていた監視カメラの映像も、警備システムも、すべて、都築に掌握されていたようだった。

管理部が遠隔操作している基地の門扉の開閉やUC館全体の施錠と開閉が支配され、警備システムもハッキングによって乗っ取られていた。
防衛軍のシステムの防御力は、国会議事堂や都庁と比較しても段違いに高いはずだったというのに、いとも簡単に内部から侵入されてしまったことは、大きな痛手だ。

「……通信障害で、高山さんや管理部に連絡が出来なくなった吉村さんと桜井さんは、唯一開いていた大フロアに行ったそうです。そこで……」

そこで待っていた都築と、交戦した。




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あきゅろす。
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