Story-Teller
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「お前が生きてるのは、俺のおかげだから」

腰に片手を当てて、心底呆れた声で吐き出したのは、風早だ。
真っ白な病室の真っ白なベッドの上で、その声に眉を寄せているのは、篠原。
そんな二人を少し離れた場所で窺っていた相楽は、治療用の機材を片付ける手を止めずに安堵の笑みを漏らした医療班の隊員たちに軽く会釈をした。
篠原のベッドの周りにあった機材は医療班によって続々と片付けられ、残ったのは腕に繋がれたままの点滴のみだ。ぽつぽつと規則的に注がれていく薬剤を横目で見た篠原は、何度か瞬きをしてから、こくこくと頷いた。

「わかってる」

「わかってるって顔じゃないな。ほんとにわかってるのか。あと少し遅かったら失血で死んでたんだぞ。相楽の足が速かったから間に合ったようなもんだ。俺がオフィスに残ってたのも偶然なんだぞ。おい。聞いてるのか」

「聞いてる」

「だいたいさっさと起きろよ。何日寝てたと思ってんだ? 丸三日だぞ? このまま死ぬかと思っただろ。生きてるならさっさと起きろよ。ぐーぐー寝やがって」

「麻酔のせいだろ」

「とっくに切れてるっつーの」

「風早副班長……」

今にも篠原の襟に掴み掛かりそうな風早の腕を引いたのは、医療班の女性だ。その他の隊員たちも、首を横に振って引き止めている。

「目覚めたばかりの患者に絡まないでください……」

控えめに発された制止の声を受けて彼らを見渡した風早は、最後に相楽へと視線を動かして、そこでびたりと目を止めた。
相楽と目が合うと、風早は大袈裟な舌打ちを漏らす。横たわったまま飄々とした表情をしている篠原へと視線を戻して、ぐっと堅く眉を寄せて彼を見下ろした。

「切り傷は全部塞いでやった。でもまた開くかもしれないから、しばらくは安静にしてろ。骨が折れてないのが不思議なくらいだ」

言いながら手を伸ばして、相楽が身に着けている黒の防弾ベストを撫でる。篠原の体を守ったのは、この硬いベストだったのだろう。酷い全身打撲は残ったが、幸い、骨折は無いようだった。
それでも、身体中に痛々しく残る刀傷は目立っている。そこから溢れ出る血を止めることに、風早がどれ程尽力したか、処置室の外にいた相楽は察することしかできなかった。



長い時間を掛けて処置を施された篠原が集中治療室からこの病室に移動させられたのは、テロが起きてから丸一日が経った後だった。

その後二日間、昏々と眠り続けた篠原が目を覚ましたと聞いた医療班は、ほっと胸を撫で下ろしていた。風早も例外ではない。
毎日毎日、意識の無い篠原を見守った風早を、相楽は見ている。
素直じゃないなぁ、と苦笑すれば、気付いた風早は、誤魔化すように相楽の頭を乱暴に撫ぜた。

「しばらくって、どれくらい」

篠原が、不満げに問う。動けるような体ではないというのに、病室に拘束されるのは嫌らしい。
風早は、そんな彼の視線に、毅然と返す。

「一ヶ月」

「わかった。二週間だな」

「馬鹿か、お前」

風早の声が裏返る。相楽は、引き攣った口元を片手で隠した。

「一ヶ月って言ってんだろ。そこは譲れないし、そもそも動けないだろ。完治までもっと掛かるんだぞ。本当は一ヶ月半って言ってるところだ」

「早く現場に戻らなければ、いつ、またあいつが来るかわからない」

篠原は、風早を見上げたまま目を逸らさない。
何か言いたげにもごもごと口を動かした風早は、呆れたような大きな溜め息を吐き出した。片手で額を押さえ、もう片手で、相楽の背を押す。
半ば無理矢理にベッドの脇に立たされた相楽は、風早の代わりに篠原からの鋭い視線を受けることになる。

「説き伏せて、相楽」

「……」

手を離した風早は、近くにあったパイプ椅子に座ってしまった。
付き合いが長い分、篠原の頑固さもよく理解しているのだろう。彼を説得することを、早々にあきらめてしまったようだ。
かと言って、相楽がこの上司を納得させることができるとも思えないのだが。
どう言えば、この働きたがりの上司をしっかりと休ませることが出来るのだろうか、と暫し考えた後、口を開いた。

「……暇なら、話相手になりますから」

そう相楽が切り出すと、その場にいた医療班の隊員たちがぶふぅ、と吹き出した。むっつりとしていた風早もだ。
篠原が、ぽかんと口を開いて見つめていることに気付いて、相楽は「あ、なにか間違えたのかも」と口を閉ざした。

「はなし、あいて……ほら、一ヶ月、相楽が、話相手になってくれるって……だから、黙って、ここにいろよ……」

笑いを堪えて震えた声の風早が、肩をぶるぶると揺らしながら言う。
不自然に咳払いを繰り返しながら室内から逃げ出していく隊員たちを見送った相楽は、恐る恐る篠原へと視線を戻した。
怪訝な表情をしている篠原に、小さく「お茶も淹れますよ」と付け足した。



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