Story-Teller
]


ぼたぼたと顔面に降り注いだ血に顔を顰めて、力の抜けた腕を再度床に落とす。自分のものではない血で濡れていく顔を拭う力すら、篠原には残っていなかった。
都築の手からするりと落ちた刀は、篠原の顔の脇に突き刺さる。もうあと僅かずれていれば、串刺しだった。

篠原の体に馬乗りになったまま、都築が絶叫する。
びくびくと痙攣のように全身を大きく震わせ、獣の咆哮のように叫ぶ都築が何度も身を捩る。飛び散った血が、雨が降るようにばらばらと床を濡らした。
両手で覆っても、都築の左目から溢れ出る血は止まらない。濃い赤色に染まっていく都築の上半身が、暗闇の中でぬらぬらと蠢いていた。漆黒のコートが、どろりと滴った赤に濡れて艶を増していく。
いまにも飛んでしまいそうな意識を繋ぎ止める術もない篠原は、そんな姿をただ茫然と見上げていた。


ぐらり、と都築の体が傾ぐ。
篠原の腹に座った状態の彼が、まるで糸が切れた操り人形のように不意に全身から力を抜くのが見えた。
顔を覆っていた手が、篠原の胸の上に落ちる。真っ赤に濡れたその手は、生温かかった。

篠原を見下ろした彼の片目は、血で染まっていた。
銃弾が埋め込まれた目は、ほとんど開いていない。涙のように流れ出る赤黒い血が、顔中を濡らしている。


ふっと、息を飲む。
大きく開かれた右目からは、まだ、あの蒼い光が抜けていなかった。
目が合った都築が笑う。片目を撃ち抜かれたとは思えないほどの、満面の笑みだった。

「いたいよ、紀彰くん」

ひんやりと低い声が聞こえたのと、顔面を殴りつけられるのはまったく同時だった。
甲高い笑い声が聞こえる。
何度も何度も、絶え間なく殴られた脳が左右に振られて、急激に身体中から体温が抜けていく。

立ち上がった都築は、足を振り下ろした。
胸も、腹も、腕も、足も、すべて堪え難い激痛で蝕まれている。けれど、その感覚すら、次第に無くなっていった。

笑い声が、遠くなる。







二度、笑い声とは違う高い音が響いた。

足を振り下ろそうとしていた都築が、吹き飛ばされたように床の上に倒れこんだ。絶叫がフロア中に響いて、赤子のように体を丸めて床を転げ回る姿が見える。

さらに、もう一発。銃声だった。
都築の肩が破裂する。滲む視覚を叱咤して見れば、肩を撃ち抜かれた都築は、足と腹からも血を流している。
三発の銃弾に撃ち抜かれた都築は、血の海を泳ぐようにのた打ち回っていた。



「篠原さん」

呼ぶ声が遠い。

「篠原さん、しっかりしてください」

近付いてきた声は泣きそうだった。

「おねがい、篠原さん」

覗き込んだ相楽が、真っ赤に充血して潤んだ目で見下ろしている。血だらけになった全身を一瞥した目が、一層潤んで、ふるふると震えていた。

「いま、助けがきますから。だから」

細い腕に抱き起こされて、ぎゅっと体を抱き締められるのを感じた。力の入らない腕では、抱き返してやることもできない。
そんな顔するな、と安心させてやりたいのに、たった一言すら出せなかった。

「ごめんなさい」

何で謝るんだ、と問おうとしても、出来なかった。
ごめんなさい、と再度呟いた相楽が弛緩した篠原の体をしっかりと抱き締めて、首筋に額を押し付けてかたかたと小刻みに震えている。
相楽の体から伝わる温かい体温が、少しずつ篠原の意識をはっきりとしたものに引き戻していくのを感じる。篠原から見えるのは、自分の体にしがみ付いている、相楽の頭部だ。
直に伝わってくる相楽の息遣いに合わせて呼吸をする。そうすると、乱れた息はどうにか平常に近付いていった。
呼吸の安定で、痛覚も戻ってくる。吐き出しそうな痛みが、身体の内部からせり上がった。


しがみ付く部下から目を離して、ぎこちない動きで顔を上げる。聞こえていた絶叫が、ぶつりと唐突に途切れたからだ。
暗いフロアの床が、篠原や都築の身体から溢れ出た血で赤く染まっている。
その中で、都築がゆっくりと立ち上がるのが見えた。手には、彼の愛刀が握られている。

ぐらぐらと揺れる体を両足と刀で支えて立ち上がった彼が顔を上げた。赤く濡れた金髪の間から覗いた目が、蒼い。
真っ青な光を放ったままの都築が、両手で刀を振り上げるのが見えた。
冷たく見下ろして向けられたその切っ先が狙うのは、篠原ではない。


篠原の声から咄嗟に叫び出されたのは、自分の胸元で震えている、大事な部下の名前だった。




[*前へ][次へ#]

10/11ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!