Story-Teller
◆ホワイトデー (2014.3)

※2014.3にサイトTOPにて公開 ホワイトデーSS
2012年のホワイトデーSSの関大輔視点です





三月十四日、金曜日。
天候は、まぁまぁ晴れ。気温は平年より少し低い。
そんなホワイトデー当日の話だ。


今日ほど、反UC派の制圧に気が立ったことはない。
関大輔は、荒々しくアクセルを踏んだ。助手席でシートベルトを締めようとしていた桜井が、急激に身体に掛かった重力でうっと低い呻き声をあげる。

「おい。運転荒いぞ」
「すみません。でもちょっと我慢して下さい! 相楽が帰っちゃうんすよ!」

そう叫べば、桜井は暫し目を瞬かせた後、「あー」と納得したような声で頷いた。
その「あー」に含まれていたのは、どこか呆れたような、それでいて楽しげな感情だった。

時刻は、午後の七時半過ぎ。
朝からの勤務だった関と桜井、そして篠原と相楽は、もうとっくに終業しているはずの時間だ。
定時に終わることがほとんど無い職場だが、今日はいつもよりも残業時間が長い。

アクセルを踏んでぐんぐんとスピードを上げれば、オレンジ色の街灯が煌々と流れていく。いつもはスピードの出し過ぎを注意する桜井は、今日は何も言わない。
のろのろと走る車を何台も追い越して一心に目指すのは、自分達のホームだ。


「なんで今日に限って抵抗するんですかね! いつもは注意だけで終わるのに!」
「さぁねぇ」

赤信号で止められて苛々と愚痴を叫ぶと、桜井は苦笑気味に返す。

反UC派が無断で街頭演説を始めると、すぐにファースト・フォースに要請が入る。
「無断の演説はだめだよ」と注意をするだけの要請だ。
交番のお巡りさんでも出来そうなことなのだが、時折、武器を手にして激しく暴れるものだから、結局は『戦闘集団 ファースト・フォース』が制圧に向かうことになる。

面倒事を押し付けられるのには慣れているが、どうして今日、その面倒事が関に降り掛かったのか。

むむむ、と低い声で唸りながら、アクセルを強く踏む。青信号を合図にして、最初からトップスピードだ。

「相楽、今日は課題やるから残るって言ってたし、まだオフィスにいるんじゃないか」
「ほんとっすか?」

制圧に手間取ったおかげで、帰還予定時刻は二時間ほど過ぎている。残業が多いとはいえ、もう帰っている可能性の方が高いのだが。
もう一度、むむむ、と唸った関に、桜井はくっと笑った。

「そんなに気になるなら、オフィスに無線掛けて聞いてみたらいいんじゃないの?」
「! 桜井さん、すっげー頭良い!」

お前が馬鹿なんだよ、と小さく返してきた桜井に満面の笑みを返してから、関はハンドルから左手を離した。
素早くオフィスに無線を繋げば、ぴぃぴぃという高い音が一瞬だけ車内に鳴り響いた。

音が途切れると、『こちらファースト・フォース』と、よく透る低い声が応答する。

「こちら関です、お疲れ様です! 相楽ってまだいます?!」

早口で、単刀直入に問う。助手席の桜井がぶくく、と笑いを噴き出した。
暫しの沈黙の後、無線越しに聞こえたのは、『いるけど?』という訝しげな返事だ。
思わず顔面が崩壊しそうなくらいの笑顔が浮かんでしまった。
今にも「やったー!」などと声を上げてしまいそうなのを寸でで堪え、じゃあ、と続ける。

「そのまま引き止めててください! ホワイトデーのお返しあげるんで!」
『……気をつけて帰って来いよ』
「りょーかーいでーす!」

無線を切ると、更にアクセルを深く踏んだ。助手席で桜井が転がっている。それを横目で見て、はっとした。すぐにアクセルを踏む力を緩める。
……桜井を気遣ったのではない。
後部座席にこっそりと置いてある(桜井はとっくに気付いているので、全く「こっそり」ではない)紙袋が倒れたのが、バックミラー越しに見えたからだ。


いろいろと予定外のことは起こったが、バレンタインに相楽からチョコレートを貰ったことには変わりが無い。

実際には、『とある人物』へ渡されたもののお零れを授かっただけなのだが、『貰った』ということが大事なのだ。たとえ、バラバラに砕けた板チョコをビニール袋に詰めただけのものでも、『相楽にチョコレートを貰った』ことに相違はない。

一発勝負を決めるためにも、ホワイトデーのお返しは気合が入っていた。

超有名スイーツブランドの限定数十個しか生産しない絶品バウムクーヘンを手に入れるために奔走し、ようやく掴み取ったときは「勝った!」と拳を握り締めた。
……そこまでしなければ勝てないであろう相手と、同じ土俵にいる。
誰よりも尊敬する上官だが、引くつもりはないし、奪われるわけにもいかないのだから。




基地に着くと、車両の洗浄を桜井に押し付けて、廊下を走った。
片手にぶら下げたバウムクーヘン入りの紙袋が激しく揺れる。何度か気遣ってスピードを緩めたがすぐにまた大股になってしまい、オフィスに着いた頃には紙袋が大回転していた。
まぁ、バウムクーヘンなら形が崩れるわけでもないからいいだろう。

オフィスのドアノブを、躊躇無く開く。
開いた扉の先では、一日の疲れを一瞬で吹き飛ばしてくれるような、愛らしい容姿の後輩がぼんやりと立ち尽くしていた。

背中を向けて窓の向こうを眺めていた相楽は、扉が開く音に大きく肩を揺らして、慌てたように振り返る。

「あ……なんだ、関か……」
「なんだって何?!」
「いや……おかえり」
「ただいま!」

今の、夫婦みたいじゃない? とにやりとしながら付け足すと、相楽は怪訝な顔をした。

「……待ってろって、何?」
「これ! ホワイトデー!」

乱れた息を整え、シャツの襟元を直してから、顔面の筋肉にぐっと意識を寄せたまま紙袋を押し付ける。今にもふよふよとだらしない笑顔になりそうなのを必死に耐えた。

紙袋をそっと受け取った相楽の大きな瞳が、一層大きくなる。紙袋の中の箱と関を交互に眺め、どうして、と呟く。

「ホワイトデー……? 俺、関にバレンタインなんて渡したっけ……?」
「渡した! 板チョコ! いっぱい!」
「そうだったっけ……? ……貰っていいの? これ、気になってたけど、すぐ売り切れるから食べたこと無かったんだよね……」

そう言う相楽は、ふわりと花が綻ぶような愛らしい笑みを溢す。
愛しげに紙袋の中を見つめる相楽の目は、恋をしている女性のように甘く蕩けていた。
それは、関が一番好きな顔だ。

甘いものを見つめる相楽の目は、熱っぽくて、妙に色気がある。まさに『恋をしている』という表情をする相楽に、何度も何度も目を奪われてしまった。

そんな表情、俺にも向けて欲しいんだけれど。

こくり、と唾を飲み込んでから、静かに相楽の隣に立った。見上げてくる相楽の目は、まだ仄かに潤んでいる。
限定バウムクーヘンは相当好感触だったらしい。頑張った甲斐がある。

「相楽、単刀直入に聞く」
「ん?」

こてん、と首を横に傾ける相楽の仕草が可愛すぎて死にそうだ。
今にも抱き締めてしまいそうになる腕を理性で押さえつけて、深く深く息を吐き出した。

「篠原隊長のこと、どう思ってんの」
「……篠原さん?」

いざ聞くと声が裏返ってしまった。
そんな関に釣られたのか、それとも相楽も動揺したのか、反復した彼の声も高い。

おろおろと、相楽の視線が揺れている。関を見上げていた目はオフィス中を彷徨い、そして、篠原のデスクで止まった。

綺麗に整頓されたデスクを見つめる相楽は、きゅっと唇を噛み締める。
ふっと振り落ちた重たい沈黙が続くオフィスに飲まれそうだ。息苦しい空気に耐えきれず、関は慌てて相楽の肩を叩いた。

「い、や。なんつーか、相楽って篠原隊長のこと、滅茶苦茶信頼してるし、俺と同じで隊長のこと尊敬してるのかなー、なんつって……」
「わからない」
「……わからない?」

誤魔化す様に早口になった関を遮ったのは、相楽の不安げに発された声だった。
篠原のデスクを見つめたままの相楽は、小さく息を吐き出す。

「尊敬とは、違う気がする。でも、なんなのかはわからない」
「……尊敬とは、違う……」
「うん、違う。……なんだろう……言葉にするのは難しいんだけど……」

唇を噛み締める相楽から、目が離せなかった。
見下ろした先で、相楽は目を細めている。その目がとろりと潤んでいた。

泣きそうな、けれど、嬉しそうな、複雑な感情を滲ませた表情。
スイーツを見ている時とは雰囲気は違う。けれど、確かにその表情が伝えているのは……

「篠原さんは、守ってくれるから。だから、俺も篠原さんを守りたい」
「……」
「隣にいて、守りたいって思う。……尊敬とは違うのはわかる」

拳を握り締めても、沸いた熱い感情が消えない。

どうしてその感情を向ける相手が、俺じゃないんだろう。

どうして、篠原なんだろう。


「俺だって相楽を守りたいって思ってる。相楽の隣にいたいって思ってるのに」
「……関?」
「相楽。俺は、相楽のことが」

胸から一気に競り上がってきた言葉を、押し留めることが出来ないまま吐き出した。

しかし、肝心な言葉は、荒々しく開いた扉の音で掻き消されてしまう。
関の言葉を聞き取れなかったらしい相楽はきょとんと関を見上げてから、扉を開いた張本人へと軽く頭を下げる。

「お疲れ様です、篠原さん」

そんな相楽の声を聞いた関は、といえば。
やけにタイミングよく現れた篠原を呆然と見つめて、はくはくと口を開け閉めしていた。

扉に手を掛けたまま、篠原は眉を寄せる。

「関、桜井が水が冷たいって嘆いてたぞ」

篠原の低い声に、はっと我に返った。
車両の洗浄を押し付けた桜井の顔がぱっと頭に浮かび、「やばい」と慌てて相楽から離れる。

扉へと踏み出した関に、相楽が手を伸ばしてシャツの袖を掴んだ。突如感じた相楽の体温に目を丸めて振り返れば、片手に提げた紙袋を嬉しそうに揺らす幼い笑みが返ってくる。

「ありがとう」

ふわりと、スイーツに向けるあの笑みだ。
ずっと欲していた表情だったのに、今は、それよりももっと欲しい表情が出来てしまったから、ただむず痒いだけだった。

一礼して篠原の隣を通り過ぎようとした関は、その瞬間に硬直してしまった。

「すまんな」

たった一言、そう聞こえたからだ。
恐る恐る篠原を見れば、目を逸らされた。

ああ。そう。
あまりにもタイミングが良すぎると思ったのだ。

恐らく、相楽と関の会話は廊下まで聞こえていたのだろう。
そして、関の言葉を掻き消す様に、篠原はわざとらしいほど大きな音を立てて扉を開いた……

まさか、常に冷静でいて男らしさの塊、といった尊敬する上官が、こんな姑息な妨害をしてくるとは思ってもいなかった。


暫し篠原を見上げていた関は、覚悟したようにぐっと拳を握り締める。
その拳で篠原の腕を軽く押せば、ようやく目が合った。

「まだ、負けてませんから」

そう言えば、篠原はじっとこちらを見つめてから、ゆっくりと瞬きをした。

関はオフィスを出る。
その背後で扉が閉まった。

相楽のデスクの上に、今朝任務に出るまでは無かった黒い紙袋が置いてあったのを、しっかりと確認していた。
それは、篠原からのお返しだったのだろう。
まさかとは思うが、それを渡すために、関と桜井を外の任務に当てたのだろうか。
いや、篠原が任務に私情を挟むわけがない。
…………多分。
先程の妨害を思い出せば、果たして篠原の本性がどれなのかわからなくなる。

「隊長、手強すぎるだろ」

思わず笑みが零れた。

生憎、元々負けず嫌いだ。
まだ、勝負は始まったばかり。



[*前へ][次へ#]

14/15ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!