Story-Teller
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切れた額から流れた血を、黒い革手袋で覆われた手で拭った都築が、口許を楽しげに歪ませる。
硬い靴底で篠原の顔面を蹴り上げ、床に倒れこんだ彼の腹に足裏を乗せてぐっと体重を掛けた。
荒い息で睨む篠原を見下ろした都築は、右手に握る刀の切っ先を濡らした篠原の血を見て満足げに笑ってみせる。

「ねぇ、紀彰くん、教えてよ」

切っ先が篠原の上腕を伝い、ゆっくりと肉を突いていく。少しずつ体内に突き立てられていく刀の感触に、篠原は息を詰めた。
刀を引き上げると、ぶつりと裂いた肌から鮮血が溢れ出て来る。床に流れ落ちる赤い色を見つめる都築の目は恍惚としていた。

「一年かけて立て直したチームが、また壊されるのは、どんな気分?」

血の流れる腕に力を入れた篠原が、腹を押し潰さんとする都築の足を掴んで離した。僅かに開いた間隔に体を滑らせ、床の上を転がって距離を取る。
どうにか都築から距離を取ったところで、体はうまく動いてくれない。身体中のそれぞれの傷が、じんじんと共鳴するように痛んで広がっていった。
膝と手を床に着けたまま、過呼吸のようにぜぇぜぇと重い音で乱れた息に喘ぐ。

警棒を握っていた右手は、手の甲をざっくりと一文字に裂かれて血を滴らせている。握る力すら薄れて、警棒は篠原の手を離れて床に転がっていた。
銃は、まだ近くに落ちている。ただ、弾がほとんど残っていない。
フロアのどこかに予備の弾薬が収納されていたはずだが、この暗さで見つけるのは至難だ。

左の足首を切られて、時折、足から力が抜ける。一度体勢を崩してしまうと、立ち上がるのが困難になっていた。
笑うようにがくがくと揺れる膝を何度も叱咤して、無理矢理に立ち上がっている状況だ。
靴底で顔を蹴られたときに口の中が切れたようだ。口内に、鉄の味が溜まっている。

都築の動きに翻弄されて、体力の消耗が激しい。
どうにか彼から離れても、長刀の振られる範囲は広く、すぐに捕まってしまう。切っ先が何度も引っ掻いたシャツとベストはぼろぼろで、滴る自分の血で赤く染まっていた。


近付いた気配に、どうにか立ち上がって、握った拳を振る。
不意打ちの攻撃は都築のこめかみを捉え、ぐらりと傾いだ体を間髪入れずに蹴りつけた。
苦し紛れの攻撃ではあるが、しっかりと急所を捉えていたはずだ。
それなのに、都築は体を揺らしただけで、楽しげに笑っている。
その目にぼんやりと宿り始めていた淡い光に気付いた篠原は、覚悟を決めたようにぐっと歯を食い縛った。


今度は、篠原が殴りつけられる側だった。
まるで固い岩石で殴られたような衝撃を流しきれずにフロアの冷たい床に崩れ落ちた体を、何度も何度も踏みつけられる。
体の奥から、ばきり、と嫌な音が鳴った気がした。
意識が飛びそうなほどの激痛に息が止まる。
ぐったりと投げ出した腕から、感覚が無くなった。指先が冷たくなって、そして麻痺する。


篠原を見下ろした都築の瞳は、淡い蒼色の光を宿していた。
人体から発される色ではない。
ぞっとするような色の光を纏った瞳がぐっと近付いてきて、笑みの形に細められる。
暗闇に炎のようにゆらゆらとたなびく蒼い光が、鼻先で揺れていた。

「あの日を思い出す?」

笑う声が、遠くから聞こえているようだった。聴覚すら麻痺し始めているのかもしれない。

「怖かった? ボクが何なのかわからなくて、ずっと考えてた? また来るんじゃないかって、不安だった? また負けるんじゃないかって、ずっとボクのことを考えてた?」

まるで舞台に立つ役者のように、はっきりとした発声で問う都築の目から溢れる蒼の光が増していく。

「君たちファースト・フォースのことを考えると、ボクは幸せだったよ」

心底嬉しそうな笑みが降る。くらくらと揺れる視界の向こうで、都築が笑っていた。

「ボクのことをずっと忘れなかったでしょう? 幸せだよね。君たちの中の『一番』で居られたんだから。それで、ボクが『一番』のまま、もう一度、君たちを終わらせてあげられる」

刀の切っ先が近付いてくる。眼前にある刀は、篠原の血をとっぷりと滴らせて、尚もその肉を断とうと、今か今かとその時を待っていた。
一際楽しげな甲高い笑い声が響く。狂ったような声が、耳を刺した。

「終わらせてあげる。ファースト・フォースも、全部」

笑い声とともに、刀が高く振り上げられる。

一直線に向けられている銀色を滲む視界の先に捉えた篠原は、はっと短い息を吐き出した。ぼやけていた感覚が、明滅する電灯のように、一瞬だけ身体に戻ってくる。

だらりと床の上に投げ出していた腕を最後の力で持ち上げた。
右手に引き寄せていた銃を両手で構えて、銃口を真っ直ぐに都築へと向ける。

切っ先が振り下ろされる直前で、引き金を引いた。高く、渇いた音がフロア中に反響する。
篠原へと落とされる切っ先のほんの僅か数ミリ横を掠めた銃弾は、真っ直ぐに都築の左目へと吸い込まれていった。



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あきゅろす。
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