Story-Teller
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相楽の震える手を、吉村が握り返す。縋るように彼を見れば、大丈夫、と微笑んだ。
血の気も失せて、握る手も冷たい。それなのに、吉村は相楽を落ち着かせるために微笑んでみせる。
泣きそうになるのを必死に抑えて、何度も頷いた。
今は、怯えている場合ではないのだ。

立ち上がって、カードキーを握り締める。廊下の先で、非常扉が閉まっていた。通常は開いている。緊急システムが作動して自動に閉まったのだろう。
UC館内のあちこちの扉や窓が施錠されて、非常扉も閉じられている。館内の明かりや、暖房すらもすべて操作しているメインのシステムが操られてしまったのかもしれない。

ならば、やはり早くここから抜け出して、奪われている主導権を奪還するべきだ。
非常扉に近付いて、その近くにあった操作パネルに触れる。パネルに宿っている淡い光は消えていなかった。操作ができることに、まずは安堵する。ロックの解除すら封じられていたら、この館内に閉じ込められることになっていたからだ。
カードキーをスライドさせてから、ロック解除の番号を素早く打ち込んだ。がち、と扉から重たい音が響く。鍵が外れた音だ。
押し開いた非常扉の向こうには、暗い廊下が続いている。そこを過ぎて階段を上がれば、本部への連絡棟は間近だ。
早く、しなければ。

床に横たわらせていた桜井の体を左に抱きかかえて、右手を吉村に差し出した。
その手を掴んだ吉村は、ぐっと歯を食い縛るようにしてから、ずるずると壁に背を預けたまま体を起こしていく。
どうにか立ち上がった彼の腰に腕を回してベルトをしっかりと掴み、倒れないように支えた。

相楽が歩き出すと、吉村はぎこちない足取りで同じように足を踏み出す。
少し高い位置から聞こえる吉村の息遣いは荒いが、ほとんど気力だけで歩いているようだった。
時折がくんと揺れて前のめりに倒れそうになる吉村を必死に支えて、階段を目指す。


耳を澄ます。
聞こえない。
耳を閉ざす。
閉ざさなくたって、聞こえてはこない。
銃声が聞こえない。
篠原の安否が、わからない。
怖い。
でも、進まなければ。
進んで、本部へ行って、そして、救援部隊を……


不意に、耳をつんざく高い音が廊下中に響いて、足を止めてしまった。
篠原の生存を知らせる音に、安堵と、さらに大きな不安が襲ってくる。
銃声はたった一発だった。起死回生の一発か、それとも苦し紛れの一発なのか、身体中にびりびりと電気のように流れる嫌な予感が、相楽の足を廊下に縫い付けてしまう。

「相楽君……」

吐息のように掠れるような吉村の声が耳に届いても、進めない。
ふわふわと不安定だった足元に、急激に感覚が戻ってくる。しっかりと踏みしめた床に一度視線を落として、左から感じる桜井の呼吸を確かめた。
右に感じる吉村が、ゆっくりと相楽から離れる。視線を上げると、壁に背を預けて息を整えている吉村が、こちらに右手を伸ばした。

「カードキーを」

言われて、ポケットに入れたカードキーを取り出した。伸ばされている吉村の右手に乗せると、今度は左手を伸ばしてくる。
壁から背を離した吉村は、大きく前方に傾いだ体をぐっと力を入れて立て直した。
額から汗を流して歯を食い縛る彼は、相楽が見つめていることに気付くと、笑った。

「桜井君を、こちらへ」

伸ばされた手が、相楽に寄り添っている桜井を引き寄せる。一人では立っているのもやっとという体なのは、吉村も桜井と同じのはずだ。それなのに、ほとんど意識の無い桜井の全体重を、吉村は一人で支えて歩き出す。
吉村さん、と呼んだ相楽に、足を止めない吉村は叫ぶように声を上げた。

「必ず、救援を呼んで来ます。どうか、それまで」

持ちこたえて下さい。と続いた彼の声は、吐息のように掠れてしまった。
ぐらぐらと左右に揺れて、壁に肩を預けながら進んでいく吉村の背中を見つめていた相楽は、大きく息を吐き出す。


踵を返した。
暗い廊下の先から、音は聞こえてこない。
ホルスターに戻っていた銃を引き抜いて、ぐっと唇を噛み締める。

一気に床を蹴った相楽は、大フロアから絶えず漂っている強い殺意に飛び込んで行った。



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あきゅろす。
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