Story-Teller
◆にゃんにゃんの日 Side相楽 (2014.2.22)


※2014.2.22にサイトTOPにて公開したSSの相楽Sideです

指の腹で、口の端を軽く押された。そんな小さな刺激にすら肩をふるりと震わせてから視線を上げてみれば、挑発的で艶めいた目がこちらを覗き込んでいる。
この人のこんな表情を見るたびに、どうしていいかわからなくなる。まだ、馴れない。

「い、言いたいことがあるなら、ちゃんと口で言ってくださいよ……」

感触を楽しむように頬や唇を優しく撫でていた大きな手を阻むように掴んで、上目遣いに抗議の声を上げれば、彼は……篠原さんは、ふと笑みを見せる。
いつもは険しい表情で眉間に深い皺を寄せているくせに、今は、氷が融けてしまったような穏やかな微笑を浮かべている。
そういう表情も、まだ、馴れない。きっと、これから何度見ても、慣れはしないんだろうけれども。


汚してしまったシーツを外して新しいシーツを引き直したベッドの上は、裸の足を滑らせると引っ掛かることなくスルスルと流れていく。
ベッドヘッドに内蔵されたライトの淡く白い灯りにぼんやりと照らされた室内は、夜の静けさととろりとした闇に包まれて、己の息遣いが妙にうるさく感じるほどの静寂に包まれていた。
そんな静けさの中に、きしり、と小さくベッドのスプリングが軋む音が落ちる。
ベッドヘッドに背を預けて膝を抱えている相楽は、ベッドの端に腰掛けていた篠原が身を反転させて片膝を乗せたことにすら敏感に反応して、一層強く膝を抱え込む。
腰から下を覆っていた毛布を胸まで引き上げて握り締めた手が、緊張と恥かしさで震えてしまう。

指一本動かせないほどの緊張に包まれている相楽に、篠原は再度手を伸ばした。今度は、相楽の妨害も無い。
露わになったままの相楽の白い肩にひたり、と篠原の冷たい手が触れる。相楽が大きく身体を震わせて篠原を見つめると、彼は先程と変わらない笑みで口を開いた。

「言ってもいいのか?」
「……やっぱりやめてください」

一気に熱を持った顔を隠すように、抱えた膝に額を押し付けると、ベッドが軋んできしきしと悲鳴を上げる。もともと一人用のベッドだ。成人男性二人が寝るには少々心許ない。今も、少し身体を動かすだけですぐに音を鳴らしてしまう。
といっても、つい三十分ほど前まで、もっと大きな音を立てさせていたわけだけれど。それはもう、このベッドが壊れるのではないかというような。
そんなベッドの音に負けないほど啼いていたのは、他でもない自分であって。啼かせていたのは、今も相楽の肌を指先でなぞって小さな刺激を与えてくる、意地の悪い上司で。

そこまで考えて、身体が熱量を増した。
思い出さなければいいのに。むしろ、忘れてしまおうと必死に試みていたのに、すぐに思い出してしまう。

触れる篠原の手の冷たさが、耳元で囁かれる低くて甘い声が、慈しむように優しく肌の上を滑っていくその感覚が、生々しく鮮明にフラッシュバックする。
何がなんだかわからないままに強すぎる刺激が襲ってきて、くらくらと眩暈を起こした相楽は、必死に篠原の背中に爪を立てた。
誰にも触れられたことのない箇所に長い指がゆっくりと侵入して、帯びた小さな恐怖感に息を詰めると、篠原は片手で相楽の背を何度も撫でる。
指を中に入れられたまま、次に襲うであろう感覚は来ない。相楽が泣き止むのを待つ篠原は、首筋に優しいキスをする。擽ったさと、その先にあるもっと強い感覚への緊張で、頭がおかしくなりそうだった。

ぼろぼろと涙を流して篠原の首に腕を回し、懇願した。早くしてください、と。早く、篠原さんが欲しい。
篠原が息を飲む音が聞こえたようだった。

「優しくしろっつったのお前だろ……」

仄かに焦りを滲ませた篠原の声が吐き捨てられる。
いつの間にか二本に増えて相楽の中を蹂躙していた指がずるりと引き抜かれると、その言いようがない感覚に、媚びるような濡れた声が漏れた。

肩をベッドに押し付けられて、涙でぐちゃぐちゃになった瞳で見上げた篠原は、見たことがないような熱を帯びた目で相楽を見下ろしていた。
その目に射られて、ぞくぞくと身体が震える。
シーツが肌を擦る感覚にすら敏感に反応する身体は、這う篠原の指に大袈裟に跳ねて、もっと強い刺激を欲しがっていた。

もうやだ、と、先程とは正反対とも取れる言葉を漏らせば、篠原は小さく笑う。
優しいキスをしてくれた首筋を噛まれて、胸の先を指先がなぞった。何度も何度も弄られたそこは、ぷくりと腫れて、すでに麻痺している。取れる、と情緒のない悲鳴を上げると、取れねぇよ、と情緒のない返事が返ってきた。
麻痺したそこを労わるように舌先でちろりと舐められると、高い声が室内に響いた。
真っ赤になった顔で、いやだと何度も首を横に振れば、篠原は身体を起こす。

ふわりと抱き締められて、何も纏っていない肌が触れあった。火傷しそうな熱さが身体中を包み込む。
篠原の香水の薫りが、いつもとは比にならないほど近くで感じ取れて、ただそれだけでも胸が苦しくなった。
相楽の胸に押し付けられた篠原の胸や鎖骨は硬い。普段は布に包まれている、篠原の鍛えられた身体は、細身の相楽とは違う。
腹に当たるのは、硬く割れた腹筋だ。
改めて、篠原が男なんだと実感すれば、身体は一層熱さを持て余し、同性を相手にしているという倒錯感が混じる。

「篠原さん……」

呼ぶ声は切なく掠れた。
相楽の身体を抱きこんだまま、篠原は「なに」と静かに返す。
多分、この時点で相楽がはっきりと「やめてください」と言えば、篠原は手を離していた。
それだけはわかる。
篠原は、優しい人だから。

ただ、相楽は言わなかった。
その代わり、小さな声で「その言葉」を告げた。
何度も何度も喉奥へと押し込んだ、一生告げるつもりのなかった言葉だ。
男同士で、上司と部下で、そんな不毛な関係だから、決して伝え合うつもりが無かった感情を、告げてしまった。

相楽を覗き込んだ篠原は、笑う。
無邪気な、これも今まで見たことない顔だった。ひどく嬉しそうに、目を細めて相楽を見つめる。
唇に触れた篠原の体温が、熱い。
「知ってた」と、一言、耳に届いた声は、甘かった。








…………と、いう夢を見たのだ。

だから相楽は、同じシフトだった篠原との巡回を全力で拒んだ。車内で二人きりなど堪えられない。

いや、夢だ。ただの夢だ。だから、どうってことはないんだけれど。
でも、あんな夢を見たことがそもそも大問題なわけだから、やっぱり篠原と二人っきりはいやだ。

だから、関と巡回に出て、その間に少し頭を落ち着かせた。

オフィスに戻ってきた頃にはだいぶ冷静になっていて、平静を装いながら篠原と会話もできるようになって、「あー、良かった」なんて安堵していたのに。



「俺じゃなくて、隊長の頼みだったら聞くのかよ!」

馬鹿が、そんな風に騒いだから。
目が合った篠原が、何か言いたげに目を細めて。
目を、逸らせなくなった。

ああ、そうだよ。
あんな夢を見たのも、なんでなのかわかってる。

恐らく、篠原に「にゃあって言え」って言われたら、言うんだろう。
従順に、足に擦り寄る猫みたいに、甘い声で啼いて、もっと欲しいと請うんだろう。
抱き締められたら、媚びるようにその頬に舌を這わせて、もっともっと砂糖漬けになったみたいにどろどろの声を上げるんだろう。
何度も何度も「その言葉」を告げて、その返事を欲しがるんだろう。


でもそれは、夢の中の話。
夢の中の自分は、馬鹿みたいに素直に篠原を求めたけれど、現実は違う。

現実では、絶対に悟られてはいけない感情なのだから。


「……命令すれば、言うのか?」

篠原の問いに息を詰まらせて、どうにか大きな息を吐き出した相楽は、震える声で言った。

「言わないですよ。言うわけないじゃないですか」

言わない。
言うわけない。
言うのは、夢の中だけ。

震えたままの手を握り締めれば、夢の中で感じた篠原の手の冷たさが、ふっと滲むように消えていった。



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