Story-Teller
◆にゃんにゃんの日 Side篠原 (2014.2.22)


※2014.2.22にサイトTOPで公開していたSSの篠原Sideです



「相楽! 『にゃあ』って鳴いてみて!」
「にゃあ」

そんな会話が耳に飛び込んで来た瞬間、飲んでいたコーヒーを噎せた。ひとしきり重たい咳を吐き出して、危うく珈琲まみれにしてしまうところだったパソコンの画面をぐっと睨む。
横から刺さってくるのは、相楽の不思議そうな視線だ。

「……篠原さん、風邪ですか?」
「いや」

お前のせいだ。とも言えず、篠原は一つ大きく息を吐き出してから、平静を装ってキーを叩き始めた。口端に残っていたコーヒーを手の甲で拭って、作業を再開する。
その間も相楽の向かいの席に座っている関は、違う違う違うんだよ、と騒ぎ続けている。そんな関に、相楽は眉を寄せて怪訝な顔だ。
冒頭の会話は、ファースト・フォース内の迷コンビである、この二人のものだった。


昼過ぎに巡回に出て、日が暮れてから帰って来た関と相楽は、業務日報を作っていたはずだ。
ただ、この二人がオフィスに揃うと、とにかくうるさい。

相楽に構って欲しくて一時も黙らずに話し続ける関と、それに適当に相槌を打つ相楽。
相楽がきちんと返事をしてくれないから、関はどんどん声が大きくなる。わんわんと騒ぐ彼を相楽が鬱陶しそうに見て、時折物を投げつけて黙らせようとする。
相楽に構ってもらえたのだと勘違いして、関のテンションが上がる。
そしてまた話し続ける。
相楽はまた適当に相槌を打つ。

これが延々と繰り返されて、果たして日報を作っているのか、遊んでいるのかわからない。

ここに面倒見の良い桜井がいてくれれば、「うるせぇ。日報作れ。帰れなくなるぞ」と後輩二人を黙らせて作業に戻してくれるのだが、今は席を外している。木立が行っている装備品の点検に付き合っているのだろう。



そんな流れで(主に関が)うるさいオフィスに、冒頭の会話が飛んだ。

にゃあと鳴け。と言ったのは関。
いろんなものを期待しているような、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべているような、そんな声色だった。

それに対して、にゃあ。と返したのは相楽。
関の期待をことごとく打ち破って斬り捨てる、なんの感情も無い機械的な「にゃあ」だった。


「違うだろ、相楽! 全然萌えないし!」
「は? にゃあって言えって関が言ったでしょ」

ばんばんと手の平でデスクを叩いて抗議の声を上げる関に、相楽は目を細める。
歳が近いからなのか、相楽は先輩であるはずの関に対して冷たい。今にも舌打ちをしそうな怪訝な表情など、ファースト・フォース内では、関しか向けられたことがないだろう。
逆に言えば、相楽が気兼ねなくいられる相手が関だという意味でもあるのだろうけれど。

「違う! にゃあって言えって言われて簡単ににゃあって言うのかよ! そんなに軽いやつなのかよ、相楽は!」

前言撤回。
相楽が関に冷たいのは、関が、まともに会話が成立しないような馬鹿だからだ。



デスクを拳でどんどんとうるさく叩いて必死に叫ぶ関の言い分は、意味不明だ。
絶対零度の冷ややかな視線を向けたままココアを啜る相楽と関を横目で見遣り、篠原は必死に笑いを堪える。
そんな篠原の苦悶にも気付かず、関は声を張り上げた。


「にゃあって言えって言われたら、『え、にゃ、にゃ……あ……? な、なんで? やだよ、恥ずかしい。ばか。言わないよ、言わないってば! ……い、一回だけだよ……? ……にゃ、にゃあ……』」
「篠原さん、日報終わりました」
「聞けよ!!」

出来上がった日報をコピー機から排出しながら席を立つ相楽に、関は両腕を上げてのけぞる。一般より体格の良い成人男性を受け止めている椅子の背が、ぎぃぃと軋んで悲鳴を上げた。

印刷したてのまだ温かい日報を手にして、相楽は篠原の隣に立つ。
ぎぃぎぃと椅子を軋ませて相楽を見ている関の目が、ひどく寂しげだ。それに気付いた篠原は、沸き上がった笑いを咳払いで隠す。相楽は、くっと眉間に皺を寄せて篠原を見つめた。

「……さっきから咳多いですけど、大丈夫ですか」
「誰のせいだよ」
「……は?」

怪訝な表情の相楽に思わず本音が漏れると、相楽は一層眉根を寄せた。
なんでもない、と首を横に振って出来立ての日報を受け取ると、相楽はふと視線を上げる。
その視線を追えば、デスクにべったりと上半身をくっつけた関が、顔を伏せていた。わざとらしく背中を篠原と相楽に向け、いかにも「不貞腐れています」という態度だ。

「なんなんだよ」

相楽の、心底不思議そうな声が頭上から関へと投げつけられる。
相楽に話しかけられるのを待っていたであろう関は勢い良く振り返り、だって。と口を尖らせた。
「細い」か「マッチョ」かで分類すると「かなりマッチョ」に分けられる男が口を尖らせる姿を見るとは思わなかった。

「今日はにゃんにゃんの日なんだから」
「にゃんにゃん?」

篠原と相楽が反復した声が重なる。
ちらりと相楽を見上げてみれば、篠原の視線に気付いた相楽は「意味がわからない」という風に首を横に振った。

そんな篠原と相楽を見た関は、ふと両手を胸の辺りまで上げて、小首を傾げる。


「二月二十二日。にゃん、にゃん、にゃん」


噴き出した。

「かなりマッチョ」が、両手をきゅっと丸めて、顎のあたりで構えている。
ボクシングの構えのようではあるが、よく見ると手首をぐっと内側に曲げて、しなりをつけている。
つまり、「にゃんのポーズ」。
成人男性向けのグラビアで稀に見る、「にゃんのポーズ」。そのポーズを取るとき、高確率でアヒル口になっている「にゃんのポーズ」。
「かなりマッチョ」が「にゃんのポーズ」だ。

必死に堪えていた笑いが決壊した篠原がデスクに突っ伏してひぃひぃと息を乱している間、相楽は眉を寄せたまま「かなりマッチョ」の「にゃんのポーズ」を見つめていた。

「で?」

冷静に返す相楽に、関は「にゃんのポーズ」をしたまま、だから、と声を大きくする。

「俺は、相楽のにゃんが聞きたい」
「にゃん」
「だからー! そうじゃなくって!」

頭上を飛び交う関と相楽の会話は、相変わらず低レベルな内容だ。
ただ一つ付け加えると、この二人のどうしようもない会話が、毎度毎度篠原の笑いのツボにはまってしまうのが辛い。


「そもそも、なんで関の頼み事聞かなきゃいけないの。俺に何の利点も無いのに」

ばさりと冷たく吐き捨てて、相楽は背後のキャビネットに寄り掛かる。僅かに椅子から腰を上げた関は、にゃんの構えを解き、じゃあ! と机を拳で叩いた。

「俺じゃなくて、隊長の頼みだったら聞くのかよ!」

半ば自棄になった声色の関の言葉に、思わず「は?」と声が出てしまった。今の今まで蚊の鳴くような声で笑いを吐き出していたのに、その「は?」だけははっきりと発音できた。
顔を上げれば、相楽は目を丸くしている。元々大きくて丸い瞳が、絵に描いたように円形になっていた。
暫し音を発さずにぱくぱくと口を開け閉めしていた相楽が、唐突に拳で机を叩く。

「なんでそうなんだよ!」
「だって、相楽、隊長の言う事はちゃんと聞くじゃん!」
「なっ、それは、命令だからだろ!」
「任務以外でも! 最近の相楽は、隊長にべったりじゃん! 俺は寂しいの! 俺のことも構って欲しいの! 俺にも愛情を注いで欲しいの! 俺にも懐いて欲しいの!」
「な、なに言ってんの……」

口を尖らせて自棄のように抗議の声を上げる関に、相楽はぐっと息を飲んだ。左右に揺れていた相楽の瞳が不意に篠原を捉えると、一層忙しなく泳ぎだす。

「べったりとか……」
「関、木立がお前の銃も点検してくれるって……あれ?」

消え入りそうな声で相楽が口を開いたと同時にふらりと現れた桜井は、一斉に視線を浴びて口を閉ざす。
オフィスの隣にあるラボとは、扉を一つ開くだけで行き来ができる。
その扉を開いたままの体勢で、室内の異様な空気を感じ取った桜井が窺うような視線を篠原へと向けた。
篠原は、その視線に軽く肩を竦めるだけの返事を返す。

「……関、木立がお前の銃も点検してくれるらしいから、ちょっと来い」

一度言い止めた言葉をもう一度、桜井は静かに告げる。桜井からの先輩命令に、関はしゅん、とあからさまに眉を下げて返事を返した。いつも快活な関らしくない、もたもたとした緩慢な動作で自分の装備品を腕に抱え、開きっ放しのドアへと向かっていく。

関と桜井がラボへと消え、ぱたりとその扉が閉まると、オフィスには気まずさだけが残っていた。
固まったように隣で立ち尽くす相楽は、なにも言わない。



時折、こうして爆弾を残して去っていく関が憎い。
相楽が、最近妙に篠原に素直に接してくることくらい、篠原本人だって気付いていた。ついでに、見上げてくる目が、どこか縋るような熱っぽさがあったりするのも。
篠原自身はその点には触れないようにしていたのに、関の素直さが原因で、まさかこんな事態になるとは。

意を決して顔を上げる。
戸惑ったような、必死に言葉を選んでいるような、いまにも泣き出しそうな、まるで子どものような表情の相楽が、篠原を見ていた。
たった一言、「違います」と関の言葉をばっさりと否定すればいいのに、それもしない。


「懐柔するまで時間が掛かるし、擦り寄ってくるようになるまでも根気が必要」。風早が昔飼っていた猫が、そうだったらしい。
警戒心が強くて、なかなか心を許してはくれない。けれど、懐いてしまえば、常に隣を好む甘えを見せる。
気付けば隣にいて、静かに呼吸を合わせている。
離れようとするとこちらを見上げて、人恋しげに付いて来てしまったりもする。
いつも恐る恐るなくせに、どこか自分勝手で、マイペース。
それなのに、寄り添って離れない。
……最近の相楽は、猫みたいだ。それも、長い時間を掛けて飼い慣らされた猫だ。


「……命令すれば、言うのか?」

静かに問えば、一層泣きそうな表情を返してきた。冗談だ、と付け加えても、その目は潤んだまま。

相楽は猫だ。
気まぐれで、ひねくれていて、警戒心が強くて、それでいて『飼い主』にはとことん甘える。
そして、とんだ魔性を秘めた生き物。
媚びるような甘ったるい声と、とろりとした艶のある視線で、無意識のうちに誘惑してしまう魔性だ。


漏れた小さな吐息は、相楽のものだったのか、篠原のものだったのか。


→相楽Side



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あきゅろす。
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