Story-Teller
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赤い非常灯を頼りに、暗い廊下を進む。
背後から数度目の発砲音が響いて、その度に足を止めてしまった。振り返りそうになるのを抑えて、息を吐き出す。
相楽に体を預けたまま、ぐったりとしている桜井を抱え直した。桜井の肩から流れる血が相楽のシャツとベストを濡らして、しっとりと生温かさを伝えてくる。
布地に浸み込んだ血が冷えては、また温かい血が上乗りされる。時折、うわ言のように桜井が呻いた。

「桜井さん、しっかりしてください」

半ば懇願のようになってしまった自分の声に戸惑う。
進む足が震えてしまった。どうしていいのかわからない、このまま進んでもいいのか、まだ判断が出来ていない。

篠原が、一人で戦っている。
暗闇の中に一瞬だけ飛び散った篠原の血が、何度も何度もフラッシュバックする。
行け、と言われて、背中を向けてしまったことに動揺している。

桜井の意識が半濁している。早く医療班に診てもらわなければ、後遺症があるかもしれない。
肩の傷だって、すぐに治療してもらわなければいけない。
だから、桜井を連れてフロアを出たのは、きっとまちがいない。

でも、わからない。
背後でまた銃声が聞こえた。今度は二発連続で。
少しずつフロアから離れても、銃声は高く響いて相楽の耳を刺す。
徐々に間隔が短くなっている発砲で篠原が苦戦していることを悟って、また足が止まってしまう。

振り返って、今すぐ助けに行かなきゃ。
でも、桜井を置いていけない。
でも。
でも。

ずる、と肩から桜井の体がずり落ちたことで我に返る。同時に聞こえてくる銃声で、また体がひやりとする。
ぐっと唇を噛み締めて、また一歩、前に進んだ。もう一歩、もう一歩と、抱えた桜井を引き摺りながら暗闇の先へと向かう。
大丈夫だ。篠原は強い。篠原が誰かに負けるなんて考えられない。

だから、大丈夫だ。
振り返っちゃいけない。
足を進めて、篠原から渡されたカードキーで閉じられている扉を開いて、本部に行って、医療班と応援を呼んで、それで。

それは、何分掛かる?
篠原の援護に行けるまで、何分掛かる?

銃声が聞こえない。
早く、早く、篠原さん、撃って。何してるんですか、早く撃って。早く、まだ無事だって、まだ戦えているって、教えてください。
銃声が、聞こえない。

「さがら、くん……?」

肩が大きく跳ねる。
暗闇から聞こえてきた声で、一気に体温が戻ってくるのを感じた。
混乱した頭が高速で回転して、その声の主を探る。目を凝らして見た暗い廊下の向こうに朧げに捉えた姿へと、必死に歩を進めた。

「さがらくん……」

廊下の壁に背を預けて四肢を床に投げ出していたのは、真っ黒なブルゾン。
血の気の失せた顔を上げて相楽を見上げたのは、吉村だった。

近付いて隣に膝を着いた相楽は、息を詰める。膝が、どろりと濡れたからだ。恐る恐る視線を落とすと、そこにあったのは血溜まりだった。
震える唇を噛み締めて吉村を覗き込むと、目が合った彼が、口許を歪ませる。笑みを見せようとしたようだが、震えた口は、歪に引き攣るだけだった。
吉村の右の太腿から、どくどくと血が溢れている。喉が痛くて、声が出ない。なにも言えずにいる相楽に、吉村は荒く短い息を吐き出した。笑ったつもりなのかもしれない。

朦朧としている桜井を床に降ろしてから、自分の襟元に締められていたネクタイを外して、吉村の太腿に巻きつける。ざっくりと裂かれたスキニーの合間から見える裂傷に、手が震えた。
ぐっときつく締め付けて、止血に専念する。激痛に息を詰めた吉村の反応に慌てて手を離そうとすると、手首を掴まれて制止された。

「大丈夫、ですから」

そう言って、今度はどうにか笑みを形作った吉村を見つめて、頷く。しっかりとネクタイで太腿を締めると、溢れる血の勢いが落ちた。ある程度の止血は出来たようだ。
白い顔と荒い息のままの吉村が、赤く濡れた手をそっと伸ばしてくる。相楽の頭を撫でた手は、すぐに力尽きて床に落ちてしまった。

「無事で、よかった……」

そう言う吉村が、微笑む。
ぐっと込み上がる感情を飲み込んだ相楽は、床の上にある吉村の手をぎゅっと握り締めた。

「……っあいつは……」

そう問う吉村の目が、途端に険しくなる。温厚な彼とは違う、敵意を孕んだ目だ。
その目に、また体が冷えていく。
フロアから銃声が、聞こえてこない。

「篠原さんが、一人で……」

手の震えが大きくなる。
吉村の手を握り締めているはずなのに、その感覚は麻痺していた。




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