Story-Teller
●Episode.0 (2014.5)


※2014.5 サイトTOPにて公開  本編より前の話






汗で張り付いたシャツの首元を摘んでパタパタと風を送りながら、急ぎ足で連絡棟を過ぎる。

あと数分で、次の講義が始まってしまう。全力で駆ければ、ぎりぎりのところで講習室に潜り込めるだろう。
片手にテキストとペンケースを抱え、空いた片手で額に浮いた汗を拭った相楽は、窓から漏れ込んでくる暖かな日差しに目を細めた。


相楽が、UC防衛軍の養成所に入校してから、初めての年末が来た。
もう何度目かの定期テストを終え、あと数日で、短い冬期休暇に入る。クラスメイトの大半は、実家に帰省するらしい。養成所で鍛えられた自分を家族に見せて、気の置けない実家で日々の疲れを癒すのだろう。

相楽は、といえば、当たり前のことながら帰省はしない。
短い休みのうちに普段は時間が無くて行くことが出来ないスイーツ店を巡る算段を立てながら、慌ただしい師走を迎えようとしていた。


廊下を駆けると、冬の冷たい空気がひやりと頬を撫でる。実技講習を終えた後の体には、心地良い冷たさだ。
本来ならとっくに、次の講習が始まる講習室で待機しているところなのだが、実技講習の間に一悶着有ったせいで、こうしてばたばたと時間に追われるはめになってしまった。

クラスメイト達は、既に講習室に入っている頃だ。自分も急がなければ、遅刻扱いになってしまう。
まだ火照っている体から知らずに流れていた汗を、再度片手で拭った。
本部基地から伸びる連絡棟を越えて、養成所の敷地内に入る。そこから更に階段を上がっていかなければ、三階にある講習室には辿り着けない。
腕に嵌めた時計を見れば、あと三分の猶予がある。急げば、講義が始まるまでに息を整えるだけの時間が出来るだろう。
さらに加速しようとぐっと足に力を入れた。



相楽の目に、ふと黒い人影が映って、思わず足を止めてしまった。立ち止まっている時間など、無かったのに、だ。

廊下の向こう。
階段の脇に無造作に置かれていた使い古したデスクの端に、ゆったりと腰掛けている姿が見える。
白いシャツに朱色のネクタイを締めて漆黒のベストを羽織っている、スラリと背の高い男だ。見えた横顔は、酷く整っていた。
男の視線の先には、集会所がある。しかし、もうあと数分で講義が始まる時間に、そこに誰かがいるはずはない。
男は、集会所を見ているわけではなく、じっと虚空を見つめて何か考え込んでいるようだった。

男の周囲の空気は、きりきりと弓を引いているかのように張り詰めていた。
その男がいるというだけで、歩き慣れているはずの廊下が、別の場所のような鋭さを持っている。相楽が足を止めてしまったのは、その息が詰まるような空気に気圧されてしまったからだ。

階段へ向かおうにも、その脇に件の男がいるせいで、なかなか踏み出せない。
これ程に存在感の有る人間は初めて見た。養成所の教官達も軍人として前線に出た経験が有るからか、一般とは違う空気を持っているが、その男は別物だった。
何も言わずともその男が『前線に立つ者』だというのを悟ってしまうほどの、威圧感と鋭さがある。
武器は持っていないように見えるが、恐らくこの男は、素手でも相手を制圧できる実力があるのだろう。

何度目かの躊躇を越えて、一歩踏み出した。
それと同時に、ふと男が視線を揺らす。
男と目が合うと、びくりと肩を揺らして体が固まってしまった。鋭い瞳がこちらを捉え、静かに見据えている。

相楽の姿を確認した男は一度だけ目を丸く開き、すぐに細めた。その目は、こちらの一挙一動すら封じ込んでしまう迫力を潜ませている。
こくり、と息を飲んだ相楽は、恐る恐る、もう一歩足を踏み出した。

「さっきの」

相楽の足が、再度止まった。
廊下に静かに響いた落ち着いた低音が、相楽の足を止めたのだ。目を瞬いて男を見れば、男は口端を上げる。

「脳震盪起こした奴、大丈夫だったか」

思わず目を丸めてしまった。どうして知っているのだろう、と声が出てしまいそうになった。
相楽が講義に間に合わずに駆けているそもそもの元凶を、どうやらこの男は知っているようだった。
つまり、元凶が巻き起こった実技講習を見ていたのだ。
講習を見ていたということは、どこかの支部の教官だろうか。と暫し口を閉ざして考え込んでいた相楽は、小さく口を開いた。

「本部基地の医療班に預けて来ました。恐らく、大丈夫だろうと」
「そうか。災難だったな」

相楽が控えめに返した言葉に、男は静かに頷く。男の言葉に、さらに目を見開いた。

男は、「災難だったな」と言った。
その場にいた教官たちは誰一人気付かなかった騒動の原因に、この男ははっきりと気付いているようだ。

じっと口を閉ざした相楽の頭上で、講義の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。それでも、相楽はその場に立ち尽くしたまま、男を見つめている。
相楽の視線に、男は肩を竦めてみせた。

「講義、サボる気か?」
「……話相手が欲しそうに見えたから」

返す相楽に、男は眉を上げ、それからくっと笑う。
ベストの内ポケットから手帳と万年筆をするりと取り出した男は、さらさらと何かを書き込んでいく。

「そうだな。話してみたかった」
「……俺と?」

相楽が怪訝に顔を顰めると、男は紙の上を走らせていた万年筆を止め、顔を上げる。

「さっきの実技。見た目に似合わず、随分喧嘩慣れしてるみたいだったな。学生時代、荒れてたのか」
「……逆です。こんな容姿だから。……弱いと思って絡まれるから、追い払うために自然と体が覚えただけ」

男の言葉は、どこか挑戦的だった。思わず口を尖らせて返せば、へぇ? と男は片眉を上げてみせる。

相楽は、実技の成績が良い。
特に成績が良いのは対人格闘術だが、教科書どおりの闘い方はまったく出来ない。手加減も出来ない。

クラスメイトたちは、相楽との手合わせを拒む。確実にボコボコにされるからだ。
相楽の中性的で(不本意ながら)可愛らしい容姿に騙されて近づいてくる奴らを片っ端から制圧していた名残りか、相楽の闘い方は喧嘩と同じだ。
どうにか自分を止めなければ、たとえクラスメイトでも、鼻を折るぐらいのことはしてしまうかもしれない。

「講義を簡単にサボるのに、成績はトップクラス。それでいて愛想が無い、か。嫌がらせされる理由がわかったな」

男が悪戯気に口端を上げて言う。
眉を寄せて彼を見つめていた相楽は、意を決して口を開いた。

「あいつの『アレ』が嫌がらせだって気付いてたのは、あなただけだ」
「そうだろうな。上手く教官たちに見つからないように動いていたし。自業自得ではあるが、脳震盪は下手すると後遺症が残る。医療班の腕は確かだから、心配無いとは思うけどな」
「……」

「あいつの『アレ』」とは、実技の間に起きた騒動である。
いつもは相楽と手合わせをしたがらないクラスメイトが、唐突に相楽に近寄ってきたのだ。

手合わせしよう。と胡散臭いほどの爽やかな笑みのまま近付いてきたクラスメイトの三条寺に、思い切り顔を顰めてしまった。
三条寺は、相楽のことを大層嫌って、目の敵にしている男だ。
自分から近付いて来るなんて、何かを企んでいるとしか思えない。

そんな相楽の予感は的中した。
教官たちの目に映らぬように彼らに背を向けた状態で、あろう事か三条寺は、特殊警棒を振ってきたのだ。
その直前まで特殊警棒を使った格闘術を習ってはいたのだが、実際の手合わせは素手で行うはずだった。それなのに、一度片付けた警棒をわざわざ取り出して来てまで、相楽に怪我を負わせたいらしい。


常日頃から三条寺からしつこい嫌がらせを受けては適当に流していた相楽だが、さすがに今日こそは呆れて溜め息が出た。
それと同時に、気付いたら、三条寺が宙を舞っていた。

特殊警棒を持つ三条寺の手を思い切り叩き落す。
警棒を持つ手を封じられて怯みながらも、相楽の頸を狙って拳を突き出してきた三条寺に手を伸ばした辺りまでは冷静だったのだが、その直後に、ぷつりと堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。

手加減無しで放り投げた三条寺は、面白いくらいに吹っ飛んだ。
ごろごろと訓練場の端まで転がっていった彼は、白目を向いてぐったりとしている。

ああ、やってしまった。と大きな溜め息を吐き出す相楽と、大騒ぎで三条寺を担ぎ上げる教官たち。
放り投げた拍子に、三条寺が持っていた凶器はどこかに飛んでいってしまったらしい。
誰一人として三条寺の小狡い所業には気付かず、「相楽が三条寺を吹っ飛ばした」と騒いでいる。
はいはい、俺が悪いんですね。と諦め、教官たちに怒鳴られながら、相楽は三条寺を背負って医療班へと向かったのである。




そんな一部始終を、この男は見ていたらしい。

「あの状況で、相手の武器を排除するのを最優先したのは、実戦に慣れていたからか」

また万年筆を走らせながら、男が言う。言葉を選ぶように口をはくはくと動かしていた相楽は、どうだろう。と曖昧に返した。
確かに喧嘩事には慣れているかもしれないが、相楽が「まずは武器を封じる」ことを覚えたのは、養成所に入ってからだ。
それまでは、武器など構わずに頭部に蹴りを入れて、一瞬で気絶させるような物騒な戦い方をしていた気がする。
さすがに養成所に入ってからは、街のチンピラだとか悪ぶっている高校生とは違う、戦闘訓練を受けている者が相手になったから、喧嘩と同じ戦い方が通用しなくなっただけだ。
さらさらと文字を書き続ける男に、今度は相楽が問い掛ける。

「いつから見てたの?」
「ほとんど最初から。警棒の扱い方がぎこちなかったけど、武器は使い慣れてないのか。身体の使い方は充分上手いから、次は警棒と銃の訓練を重点的に受けたほうが良いぞ」
「……別の支部の教官?」
「俺は他より厳しいらしいから、教官には向いてない。吐くほど鍛えてやるのは得意だけどな」

つまり、教官ではないということか。
男の返事を脳で噛み締めながら、次は何を聞こうかと、男の横顔を見つめる。
見れば見るほど、整った容姿だ。雰囲気はかなり鋭いのだが、容姿はどこぞのモデルのようだった。
細身だが、服の上からでもかなりの筋肉質であることがわかる。男らしい男、という印象が強い。
女性隊員が増えてきているとはいえ男所帯の軍内では、こういう男は同性にモテるのだろうな、とどうしようも無いことを思っていれば、男は不意に顔を上げた。
目が合った相楽は、慌てて男の顔から視線を逸らす。

「お前は、何のために防衛軍に入った?」

唐突に、男の声が色を変えた。
男の声が響いたすべての空気が、ひやりと温度を下げる。肌を伝った緊張感に、相楽はこくりと唾を飲み込んだ。
男を見れば、じっと相楽を見つめていた。その目は、僅かも揺れずに相楽だけを見ている。

男の視線に捕らえられた相楽は、呼吸の仕方が解らなくなりそうな程の威圧感に、ぐっと口を引き結んで抵抗した。
男の強い視線に負けじと、彼を見据える。
すると、男は仄かに眉を上げ、それから楽しげに口端を上げた。

暫し返答に悩んだ相楽は、思いきり息を吸う。一度ぐっと目を伏せてから、改めて彼を見つめた。

「奪われたくないから」
「……」

はっきりとした声で相楽が言えば、男は眉間に僅かに眉を寄せる。


「『護りたい』とか、『強くなりたい』とか、それが自分のエゴだって解ってる。でも、エゴでもなんでも良い。もう何も奪われないだけの力が欲しいから、俺はここに来たんです」


構わずに続けると、相楽の声は凛と廊下に響いた。自分でも驚くほどに、その声は落ち着いていた。

相楽が防衛軍に来た理由は、ただ一つ、『母親の手の届かない場所に行きたい』。
そんな理由に、全力でUCを護ろうとしている隊員達に対して誠意の欠片も無いことは、充分承知の上だ。

だからこそ、はっきりと言った。
自分のエゴで、ここに来たのだと。他の隊員たちのように崇高な意志が有るわけではないのだと。


男は、黙って相楽を見つめていた。
不思議と、彼との間に流れる沈黙は嫌いではなかった。これ程までに重厚な空気を纏う男なのに、どこか、居心地が良い。
そう思う自分に戸惑っていれば、男は、開いていた手帳をゆっくりと閉じた。するするとまた内ポケットにそれを戻し、机から腰を上げる。
立ち上がった男は、やはり背が高かった。相楽よりも頭一つ分近く高いのではないだろうか。

相楽が見上げれば、男はふと笑う。
楽しげな、それでいて視線は相変わらずの鋭さを保ったままの、複雑な笑みだった。どうやら、相楽の返答に満足したらしい。

「そろそろ講義に行った方が良いんじゃないか」

そんな言葉にはっと我に返った相楽は、男の笑みに目を奪われていたことに初めて気付いた。途端に身体中が熱を持ち、戸惑いながらも彼から視線を逸らす。
そろそろと足を踏み出して、男の脇にある階段へと向かった。
階段を三段上がったところで、くるりと振り返ってみる。男は、こちらの背中を見送ろうとしていたらしい。突如振り返った相楽を見上げて、不思議そうに首を傾げた。
じっと彼を見つめていた相楽は、ねぇ。と小さく口を開く。

「名前、聞いていい?」
「名前?」

目を丸めて聞き返す男に、相楽は頷く。一層不思議そうな表情を見せた男に、大袈裟に視線を逸らして固く眉を寄せた。

「遅刻した理由聞かれたら、星がいっぱい付いた人に絡まれたから遅れたって言おうと思って」
「星……」

殊更怪訝な表情をした男に、相楽は、とんとんと指で自分の首元を叩いてみせる。そのジェスチャーの真意にすぐ気付いた男は、ああ、と小さく笑った。
男は長い指先で自分のシャツの襟を摘む。ベストの下に隠れていた襟先には、金糸の勲章が輝いていた。
そこに縫い付けられている階級章は、まだ二十代に見える男には分不相応なほどに立派な階級を伝えている。

「そんな階級の人が、こんなとこでなにしてるの。お付きも無く一人で養成所の視察なんてしてるような階級じゃないでしょ」

相楽が単刀直入に聞けば、男は楽しげに口端を上げた。

「鋭いんだな」
「ちょっと考えればわかるよ」
「わざわざ階級が見えないようにしてたんだ。階級を気にしてまともに話してくれないやつもいるからな。気付いてるとは思わなかった」
「……人を観察するのが得意なもので」

ぽつりと相楽が言えば、くく、と男は喉を鳴らして笑いを噛み殺す。
どうやら、試されていたらしい。
相楽がどれ程の人間なのか、階級を隠してまで計ろうとしていたのか。と気付けども、その真意はまったく掴めない。
なぜ、一つの隊を丸ごと統制できるほどの階級を持っているこの男が、相楽に声を掛けたのだろうか。

「相楽」

不意に呼ばれて、弾かれたように男を見つめた。
自分よりも数段高い位置にいる相楽を見上げる男の目は、やはり引き寄せられるような強い力を持っている。そんな男が、不敵に笑う。

「篠原だ」
「え?」
「篠原紀彰。忘れるな、相楽」

シノハラノリアキ。
何度も何度も脳内で反復する。
どこかで聞いたことがある名前だ。けれど、あと少しのところで思い出せない。

「早く行かないと、講義終わるぞ」
「あ……」

我に返って、腕時計を見下ろす。講義が始まってから、もう随分経つ。
男と話した言葉は多くないのに、時間が流れるのが短く感じた。それと同時に、もっと話してみたいと、そう思ってしまった。
けれど、男の目は相楽を見送るつもりだ。
渋々階段をゆっくりと昇ると、少しずつ男の気配が遠くなっていく。
最後にもう一度振り返ってみても、まだ男は相楽を見上げていた。名残惜しく感じる身体をどうにか動かして歩き出すと、もう男の気配は感じない。
少しずつ近付く講習室から、聞き慣れた教官の声が響いていた。
夢を見たあとのような、ふわふわとした感覚が拭えない。
今、走ってまた階段まで戻れば、まだ彼はいるのだろうか。

また、会えるだろうか。

「篠原さん……」

呼んだ声が、知らずに掠れていた。










年が明けてから初めての講義の日。
冬休みを終えて久々に会うクラスメイト達に簡単な年始の挨拶を返しながら講習室の席に着くと同時に、大勢が駆ける足音が近付いてきた。
何事かと顔を上げれば、講習室になだれ込んでくる教官たち。一直線に相楽に駆け寄ってくる彼らは、揃いも揃って血相を変えている。
「大変なことになった」と口々に言う彼らに相楽は終始首を傾げていたのだが、無理矢理背中を押されて、渋々講習室を出た。
「早く行け。早くだ」などと急かされながら、一人本部基地へと向かって歩き出すと、周囲のざわつきは一層増していた。


本部基地の最上階にある『総司令室』へ行け。……ただの候補生なんぞが呼び出しを喰らって参上するような場所ではない。
最上階まで階段で上がっていけば、着いた途端に警備をしていた隊員達に引き止められてしまった。険しい表情で「なんで候補生なんかがここにいるんだ」という空気を醸し出している彼らに、「総司令室に来いと呼び出されました」と素直に言えば、はっと目を見開いた彼らは、耳に着けた無線に何やら囁いた。
もう一度相楽を見て、そして、先に進むように促す。その先にはもう、総司令室しか無い。
シンと静まり返った廊下を進みながら最悪の事態(母親が乗り込んできた等の)を想定していた相楽は、意を決してゆっくりと総司令室の重厚な扉を押し開いた。


広い部屋の奥に、アンティーク調の深い茶が艶々と輝く書斎机が一つ。そこに座る、式典でしか見たことがない総司令官。
両隣に、背の高い男性が立っている。その片方が誰なのかを確認したと同時に、ハッと息を飲んでしまった。

「篠原さん……?」

あの日と変わらぬ漆黒のベストと朱色のネクタイを巻いた男は、やはり掠れてしまった相楽の声に、口端を上げる。
どうして、総司令室に彼がいるのだろうか。一層戸惑いが増して呆然と立ち尽くす相楽に、入口の近くに立っていた穏やかな空気を放つ眼鏡を掛けた男性が微笑んだ。

「今日から君は、Unknown Crystal Defense Army・FirstForceの一員です」

アンノウン・クリスタル ディフェンシズ アーミー、ファースト・フォース。
ぽかんと口を開いたままその言葉を何度も何度も反復した相楽は、恐る恐る視線を戻した。
視線の先にいるのは、あの男……篠原だ。
篠原を見つめると同時に、講習室から相楽を押し出しながら教官が喚いていた言葉が脳裏を過ぎった。

「ふぁふぁっふぁ、ファースト・フォースの、ししし篠原隊長が直々にお前を呼び出してきたぞ?!」

……ファースト・フォースの、篠原隊長。
今、相楽の視線の先にいるのは、篠原。

「……はぁっ?!」

随分遅れてからのけぞれば、篠原はやれやれと言いたげに眉を寄せて腰に片手を当てる。

「今気付いたのか?」
「いや……あ、ああ、そっか……」

聞いたことがある名前。シノハラノリアキ。
それもそうだ。相楽は疎い話題だが、養成所の候補生たちの誰もが憧れている、精鋭部隊の隊長の名前なのだから。
あの階級章も、精鋭部隊の隊長だと言われると納得する。

逆になぜ気付かなかったのか。

自分の鈍さに頭を抱えていれば、ふと、篠原の重厚すぎる気配が近づいて来るのを全身で感じた。
ぱっと顔を上げると、目の前に立つ篠原が、右手を差し出している。

「お前が欲しい」

呆然と篠原を見上げていれば、総司令官の隣に立っている精悍な顔付きの男性が苦笑する。

「篠原、言葉が足りない。能力が欲しい、だろ」

そんな男性の声も、いまいち耳に入ってこなかった。
ただ、見つめる篠原から目が離せなかった。

そっと手を伸ばして、篠原の指先に触れる。その手を、強い力で引き寄せられた。
ああ、多分、あの日会った時からもう、自分はこの人に捕まっていたんだろう。そんなことを思っていれば、じわじわと伝わる篠原の体温が身体中に流れ込んでくる。

「よろしく。相楽」

あまりにも強烈な再会だった。そして同時に、相楽の存在そのものすら変える程の、大きな存在が心に入り込んできた瞬間だった。
篠原の手を強く握り返した自分の手が、僅かに震えていた。



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