Story-Teller
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ひらりとケースから飛び降りた拍子に、漆黒のロングコートが傘のように広がった。
呆然とその姿を見ていた相楽は、篠原に腕を掴まれたことで我に返る。

「しのはらさっ……」

呼ぶ声が、詰まった。
篠原に強い力で後方へと押し倒されて、抱えていた桜井を巻き込んだまま床の上を転がる。どん、と強くぶつけた背中から、冷たいフロアの温度が響いた。

床に転がったまま目を見開いた相楽の視界に、金髪が降る。横薙ぎに払われた銀刀が空を切っていった。相楽がいたはずの空間をすらりと払った刀は、その刀身に付着していた桜井の血を花火のように夜闇へと散らせる。
暗闇の中ではっと息を飲むほどに美しい笑みを浮かべた般若は、銀色の刀を振りかざして相楽を見下ろしていた。
その切っ先が、真っ直ぐに相楽に振り下ろされる。

パン、と高い音で響いた銃声とともに、金髪が視界が消えた。
それを確認する前に、相楽は腕の中の桜井を抱き締めて駆け出していた。背後で、再度銃声が響く。

「止まるな!」

振り返ろうとした相楽の耳に届いたのは、篠原の怒声だった。
こつこつとヒールが駆ける音がする。篠原の革靴とは違う靴音だ。
一人では歩くことも儘ならない桜井を引き摺るようにして一番近い出入り口まで退避する相楽のすぐ背後まで迫ってくる靴音に、息を飲んだ。

その靴音を遮ったのは、鉄がぶつかり合う重たい音。
咄嗟に振り返ってしまった相楽は、腰から引き抜いた警棒で日本刀を受け止めた篠原が金髪を振り払うのを見た。
振り上げた刀を弾かれた都築が、楽しげに声を上げて笑っている。鈴が鳴るような、からからとした笑い声だ。

篠原が撃った二発の銃弾は、彼には当たっていないようだった。相当な至近距離で撃ったはずだ。篠原が外すとは思えない。
それなのに、無傷で笑っている都築の姿にぞっとした。

逃げる相楽を追って、その背に刀を突き立てるのを、楽しんでいるようだった。
桜井を抱えたまま後ずさった相楽を見る彼の目は、狩りをしている獣の目と同じだ。笑みの下に、強い殺意が見える。

「どうしたの? 逃げないの?」

問う声は友達と遊んでいるような無邪気さを含んで、しかし、その語気が僅かに鋭さを増していた。
一歩ずつ近付いてくる都築に、篠原が銃口を向ける。真っ直ぐに向けられた銃に足を止めて、ひらりと片手で刀を回した都築は、ふと眉を八の字に下げた。

「学習しないね、紀彰くん。それとも、また斬られたいのかな」

篠原の銃口に対して、都築は刀の切っ先を突き立てる。引き金に指を掛けたままの篠原を見据えた都築が、その背後で立ち竦んでいる相楽へと視線を移した。
思わず一歩退いた相楽を一瞥した都築の笑い声がフロアに高く響く。

「わかった。ファースト・フォースらしく、戦って守りたいってこと? いいね。最高だよ」

切っ先が揺れる。
ふと止まった切っ先は、銃口から離れて、篠原の首へと向けられていた。都築の顔から、ふと笑みが消える。
人形のように整った顔の男の、人形のような冷たい目が篠原を捉えていた。

「壊し甲斐がある」

そう呟いた都築が、篠原の鼻先まで一気に飛び込むのが見えた。
篠原さん、と叫んだ相楽は、素早く都築から距離を取った篠原が呻く声を聞く。警棒で防ぎきれなかった刀の切っ先が、引っ掻くように篠原の腕を薙いで宙に血を放った。
銃声が響く。
キン、と金属を叩くような音が反響した。篠原が撃ったはずの銃弾は、都築には当たっていない。
まさか、と目を疑った。至近距離で放たれた銃弾を、都築は刀身で弾いていた。

絶句した相楽は、篠原の腕が肩を押したことで我に返る。
見えた彼の左腕から、鮮血が滴っていた。ひやりと、一気に身体中から体温が抜けていく。

「篠原さ……」

「桜井を連れて行け!」

腕に叩きつけられたのは、篠原が持つカードキーだ。
それを確認する前に、篠原が警棒を振り上げる。目前に迫っていた刀身を警棒で受けて、都築の腹を右足で蹴り上げた。
短い息を吐いて退いた都築に、躊躇いもなく警棒を振り下ろす。ばきり、と生々しい音が聞こえてくる。

ずるずると一歩ずつ退いていた相楽の背が、フロアの壁に触れた。
はっと息を飲み込んでから、抱きかかえたままの桜井を見下ろす。まだ、意識は戻っていないようだ。
視線を前方へと戻すと、笑う都築が刀を振り上げるところだった。その額からは血が流れている。

銀刀をぎりぎりで避けた篠原は、立て続けに発砲する。
一発は、また刀が弾く。二発目は、都築の頬を掠った。
あと少しずれていれば、脳を撃ち抜かれるところだったというのに、都築は一際楽しそうに笑い声を上げて喜んでいる。
狂った人形が、踊るように刀を振りかざす姿は、全身を恐怖で凝固させるには充分すぎる。
しかし、篠原は一瞬も惑わずに弾丸を放った。

たった一瞬だけ、篠原がこちらを振り返る。
その目に促されて、大きく息を吐き出した相楽は、逃げるようにフロアの出入り口へと駆け出した。




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あきゅろす。
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