Story-Teller
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こつり、と小さく聞こえた靴音に、先に反応したのは篠原だった。

ガラスケースに半身を潜ませたまま音の方へと銃口を向けた篠原に弾かれて、相楽は桜井を覆うように彼を抱きかかえる。
朧げな意識の桜井を抱えて退避するために、一番近くの出入り口を素早く確認した相楽は、隣でふっと息を飲んだ篠原の横顔を見上げた。
銃口の先にあるものを捉えた篠原が、唇を噛み締める。悔しげな目だった。

「思ったよりも早かったね」

凛と、声が響いてくる。
軽やかにフロア内に反響して耳に届いたその声に、相楽は目を見開いた。つい最近、聞いたばかりの声だったからだ。
抱き締めていた桜井を一度見下ろしてから、まさか、と首を横に振る。
恐る恐る覗いたケースの向こう。きらきらと輝くように揺れている金色に、全身の血の気が引くのを感じた。

「ケースを強化したんだね。これじゃ、簡単には壊せないよ」

言って、くすくすと楽しげに笑う。
ゆっくりとガラスケースの上に立ち上がった姿が、闇に溶け込んでいた。
滑らかな黒のコートに包まれた体は暗闇と同化しているのに、その華やかな色の髪だけは、光源が無くともきらきらと輝いている。
目を奪った金色の髪と、夜に溶ける黒いロングコートの男は、相楽と篠原を真っ直ぐに見つめて笑っていた。

「おひさしぶり、紀彰くん」

楽しげな声に、ぎしりという音が混じる。篠原が歯を食いしばった音だ。
呆然と男性を見つめている相楽の隣で、篠原は低く低く呻く。

「都築っ……!」

篠原の声に反応するようににこりと微笑んだ男性が、ガラスケースの上でひらりとコートの裾を揺らした。
暗闇の中では彼の纏う漆黒のコートは見えるはずがないのに、ただ揺れる裾ですらはっきりと目に映る。
それが、彼自体が纏っている存在感の強さが為すものだと、微動だに出来ずにいる相楽はようやく気付いた。
楽しそうな笑みに反して、こちらを見据える目は冷たい。そして、それを受け止めた篠原の目も。

「……なん、で……」

ようやく発された自分の声に、ひやりとした。なんで、なんて問わなくても、彼の姿を捉えた瞬間に解っていたはずだった。
それなのに、そう言わざるを得なかった。

都築。と篠原に呼ばれた男性は、笑う。
その手に握られているのは、ぎらぎらとした白銀色の日本刀だ。時代劇で見る、模造刀ではない。
生きているような艶かしい刃紋に、桜井の肩を裂いた証拠である赤い血がどろりと滴っていた。
抱き締めたままの桜井を戦闘不能にまで陥れたのは、彼だ。
たった一閃、躊躇いもなく桜井を裂いた彼はただ笑っている。



都築。
相楽は、その名前を知っている。

反UC派の中でも圧倒的な存在感と権力を持ち、それゆえに妄信的な信者に崇められ、多くの反UC派が彼に付き従っている、左翼派の頭首。
国内のみならず、イタリアなどのヨーロッパ圏で過激な反UC派として活動している、国際的ブラックリストのメンバー。
そして、一年前。
ファースト・フォースを、たった一人で壊滅直前にまで追い込んだテロリスト。


「桔梗組の……当主……」

相楽の呟きに、彼―都築は、一際楽しげに、そして喜びを滲ませた幼い笑みを見せた。
血のついた武器を握り締めているとは思えないような無邪気なほどの笑顔に、背中を這い上がった違和感が喉を締め上げる。
銃を握り締めたままの手が、汗で濡れた。




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あきゅろす。
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