Story-Teller
◆バレンタインデー (2014.2)

※2014.2にサイトTOPで公開していたSSです  2012年のバレンタインSSの関大輔視点





関大輔はバレンタインデーを目前にして、期待していた。

デスクを挟んで向かい側に座っている相楽が、食い入る様にじっと雑誌を見つめる姿を眺めて、思わず饒舌になる口を閉じることなんてできなかった。
直前まで、昨日観たテレビの話なんかをしていたのに、無理矢理バレンタインデーの話題に逸らしてみても、相楽は気にした様子もなく、雑誌を見下ろしていた。


去年の篠原隊長は災難だった。という話題に、相楽は目を細める。
甘い物が苦手なのに、容姿端麗で尚且つ精鋭部隊の隊長という、超出世株の篠原は、とにかくモテるのだ。
去年のバレンタインデーは、巡回に出た篠原が、大量のチョコレートを抱えて帰って来た。それも、死にそうな顔をして。


デスクを埋め尽くすチョコレートは、漏れなくファースト・フォースのメンバー達の間食になったが、篠原は結局一粒も食べなかったことを思い出して、そんな話を聞いていた相楽はたった一言、「勿体無い」と呟いた。
篠原と相反して、甘い物が原動力の相楽にとっては、チョコレートの山なんて、天国だろう。



関大輔は、密かに仕掛ける。

「俺は、好きな子から貰ったチョコしか食べたくない派だからなぁ」

ふぅん、と気の抜けた相楽の相槌が返ってくる。ちらりと相楽の表情を窺えば、相楽は相変わらず雑誌を眺めている。

「やっぱり、好きな子から貰うチョコって格別だよな」

へぇ、と、やはり気の抜けた相槌だ。
その目は、雑誌の文字を追っているのか、微かに左右に動いている。

相楽が読む雑誌は、おおよそ十九歳の男子(それも、一応軍人)が好む物ではない。それを持って会計に行くことすら躊躇われるような、若い女性が読む雑誌ばかりだ。
相楽がそんな雑誌をチェックするのは、新作のお菓子や、新しいパティスリーの情報を得るためらしい。


しかし、関大輔はめざとい。

相楽が今読んでいる雑誌の今号の特集は、『手作りバレンタイン』だ。色とりどりのハートが、表紙を彩っている。
そして恐らく今相楽は、巻頭の特集ページを見ている。そう、バレンタインチョコの作り方が載っているページだ。

 
関大輔は、密かにガッツポーズをする。

学生時代から幾度も仕掛けた技に、相楽が引っ掛かったと確信していたからだ。
今では同性の相楽に魅かれていて、とにかく相楽に構って欲しくて仕方ないし、相楽からのチョコレートが欲しい関だが、相楽に会うまで、恋愛対象は女性だった。
多少惚れっぽい関は、大体、クラスで一番可愛い女子を好きになった。
そして、バレンタインデーが近付くと、この技を仕掛ける。

「俺さ、好きな子からチョコレートが欲しいんだ。片想いなんだけど」

しっかり目を見て、相手が少々照れたように目を逸らそうとした瞬間に、にっこり笑って、「チョコレート、くれる?」と繋げる。

どこで覚えたのかは記憶に無いけれど、この技のおかげで、関のバレンタインデーは本命チョコばかりが集まった。
果たして同性の相楽に効くのか半信半疑ではあったが、食い入る様にチョコレートの作り方を熟読している相楽を見て、満足して頷いた。

今年は、相楽からチョコレートが貰えるだろう。








関大輔はバレンタインデーを迎えて、高揚していた。

生憎、相楽は非番だったが、問題ない。
きっと相楽は現れる。確信している。


どうしてそんな自信があるのかと聞かれると、相楽がチョコレートを作っているという確かな情報があるからだ。

昨日、定時ぴったりに退勤した相楽は、基地から歩いて十分程度の場所にある、各国からの輸入食品を売る洒落た店に入っていった。
……決して、あとを尾行したわけではない。
『たまたま』同じ方向に行って、『たまたま』同じ店に入って、『たまたま』相楽を見つけただけだ。


相楽はその店で、大きな袋に詰め込まれた大量の板チョコと、生クリーム、製菓用のブランデーを購入した。
普段なら、その大量の板チョコも、相楽の胃袋に収められるのだろうと推測するところだが、この時は違った。

相楽が買ったのは、『製菓用板チョコ』だった。
スイーツに関してグルメな相楽が、わざわざ自分が食べるために『製菓用』を買うわけがない。
そう、勿論、バレンタインチョコを作る為の準備だ。


相楽は、バレンタインチョコを作る。
誰にって、そりゃあ、ねぇ。隊内で一番相楽と仲が良いのは俺でしょう? 養成所に親友がいるらしいけれど、親友は親友。
相楽がチョコをくれる相手なんて、一人でしょう。

今思えば、その自信、本当に切なくなるけれど。








関大輔はバレンタインデーを終えて、失墜していた。

関が期待していたとおり、相楽は、目の前に現れた。
しかし、目の前に現れた相楽は、関がいることにも気付かず、全力疾走で駆け抜けていく。
引き止めることが出来ずに、廊下の彼方へと消えていった相楽を呆然と見送っていた関は、一つ苦笑してから、後を追った。

おーい、相楽ー。俺はここだぞぅ。

おーい、相楽ってばー。

……あいつ、すっげぇ足速いな……

ちょ、相楽! 相楽! 俺、俺、俺こっちだって! どこ行くんだよ、相楽!


必死に相楽を追いかけて、ようやくオフィス近くまで辿り着いた関は、廊下の角を曲がった辺りで、凍りついた。


「作りすぎたから、あげます!」

相楽の上擦った声。
廊下の真ん中で、手のひら大の箱を投げつけられて目を丸める、篠原隊長。

きょとんとした目で箱を手に乗せた篠原隊長が、小さく口を開く。

「……なに?」

なにって、いや、なにって、それ。ちょ、それ。ま、相楽、それ。
あげる人、間違えてるから、ねぇ、相楽。

「な、な、なにって……」

関から見えるのは、相楽の背中だ。
暗いブラウンカラーの髪の間からちょこんと見える耳や、首筋が真っ赤になっている。
いやいやいや、嘘でしょ?

「い、いつも、お世話になってるから……」
「……ふぅん」

もごもごと、はっきりしない発声で呟いた相楽に、篠原隊長は頷いた。
そして、そりゃあもう、見たことないくらい柔らかくて、穏やかで、見てしまった人間を百パーセント硬直させるような、かっこよすぎる笑顔で相楽を見るわけだ。
篠原隊長を見上げる相楽なんか、持ってた書類を全部床に落としちゃうくらい固まってるし。危うく関も、篠原隊長に惚れそうになったくらいだ。


「どうも」

空いてる手で相楽の頭を撫でて、片手の箱を揺らして。見たことない笑みで。

暫くそのまま篠原隊長を見上げて固まってた相楽が、いきなり「きょども扱いしないで下さい!」とか言って、また駆け抜けていった。
きょども……多分、こども、と言いたかったんだろう。相楽の狼狽は激しい。
隣を風の様に走り抜けていった相楽は、結局一度も関の存在には気付かなかった。


呆然と相楽を見送りながら床に膝を着いた関に、篠原隊長が声を掛けた。
「関?」と不思議そうに眉を寄せた篠原隊長の声に反応出来ず、ただただ、その手に乗った箱を見つめていた。

白と黒の、細いストライプの、洒落た箱。
昨日、相楽が板チョコと一緒に買った物だ。プレゼント用の包装グッズが並ぶコーナーで、相楽は難しい顔をして悩んでいた。
いくつも手にとっては棚に戻し、を繰り返す相楽を、関は微笑ましく眺めていた。「相楽、俺はどんな包装でも良いよ」と。

ああ、ああ。そうだ。
昨日、相楽は、『ビターチョコ』を買った。
甘い物が苦手な人でも、食べられるように。

ああ、ああ、そう。
そっか。相楽って、ああ、そう。
そういうこと。






関大輔はバレンタインデーの夜、密かに泣いた。
ライバルは、今まで一度も勝てたことが無い上官。訓練中の手合わせの度に実力差を感じて、「さすが、篠原隊長!」と畏怖の眼を向ける相手。
ちょっと流石に、無理だろう。なんて思って、やっぱり泣いた。



翌日、相楽が「余った」と手渡してきた板チョコで一気に浮上した関は、改めて篠原を見る。
何事も無かったような顔で仕事を続ける篠原に、初めて、「負けたくない」と思った瞬間だった。


関大輔は、バレンタインデーを終えて、決心した。





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あきゅろす。
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