Story-Teller
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エル字のカーブを曲がったところにある階段の麓へと辿り着くと、相楽は息を吐きだして呼吸を整えた。酸素を求める脳に、深呼吸でたっぷりと補給してやる。
暗い階段を数段踏み上がって、その向こうへと銃口を向けたまま警戒していた篠原にハンドサインで呼ばれ、背後に視線と銃口を向けながら彼のもとへと寄る。


相楽が一段、階段を上がった瞬間のことだった。
静かな館内に、ひと際甲高く響いた音が、シャッターに遮られた廊下の中で反響して鼓膜を揺らす。
咄嗟に身を低めた篠原と相楽は、反射的にアイコンタクトを交わした。音は、廊下の向こうから聞こえてきた。
乾いていて、何かが破裂したような、聞き慣れてしまった音。篠原と相楽が構える銃と、同じ型のものが発する音。
反響したのは、ファースト・フォースの携帯する拳銃によって発砲された銃声だった。


先に階段を降りたのは篠原だ。
先程よりも強く感じる篠原のぴりぴりとした空気を、相楽も追う。

廊下のさらに向こう。音は、そこから聞こえてきた。
執務室の区画を抜けたその先には、一階と二階を吹き抜けにした中央展示フロアがある。一般客が一番最初に目にする、UC館の顔でもあるフロアだ。
防弾のガラス張りで、陽の光が常に床を照らしている開放的なフロア。しかし、今はグレーのシャッターが覆っているはずの場所。
篠原は、まっすぐにそちらに向かっていく。
一歩ずつ、中央展示フロアと執務室とを隔てる非常扉へと進んでいくほどに、息苦しさがが増していく気がした。
ぶわりと漏れ出してくる強烈な敵意に、相楽はぐっと息を飲む込む。

扉へと肩を寄せた篠原が、こちらを見た。
一度息を吐いてから彼を見つめ返し、頷く。




両開きの扉を開いた先、赤い非常灯が足元を照らす大きなフロアに篠原とともに流れ込んだ。
篠原に背を預けて、素早く周囲を見渡す。とっくに暗さに慣れていた目は、シャッターで覆われた膨大な空間でも難なく視界に取り込んだ。

飛び込んだ先にあった光景に、こくり、と音を立てて唾を飲み込んだ。
フロア内に点々と配置されているUC展示用の透明なケースが、黒く染まっていたからだ。
篠原に背中を向けたまま、一番近くにあったケースを凝視してしまう。
ケースの土台は、相楽の腰の高さほどだ。大小さまざまなUCが、防弾とエネルギーの漏洩遮断の性能を持つガラスに覆われて展示されているはずだった。
しかし、そのケースもUC館同様に、厚いシャッターで覆われている。反UC派に奪取や破壊されないように、管理システムによって開閉ができるようになっている防壁だ。
中にあるはずのUCは見えない。エネルギー量の少ないUCばかりの展示ではあるが、夜でも淡い蒼の光をちらつかせるその姿は、しっかりと囲われてしまっていた。

「篠原さん……」

思わず背中越しに呼べば、壁で覆われたガラスケースを相楽と同じように見た篠原が、不意に、銃口をフロアの一点で止めた。

「っ桜井!」

背後から聞こえた篠原の声に、はっとして振り返った。
銃口を降ろしてフロアの奥へと駆け出していった篠原を追うと、点在するガラスケースの一つにもたれ掛かるように横たわる漆黒のブルゾン姿が目に入る。
どくん、と心臓が大きく脈打って、息が止まった。
傍らに滑り込んで膝を着いた篠原が、横たわったままの身体に触れて名前を呼んでいる。

暗闇の中、じわりと浮かぶ赤い非常灯に照らされて目を伏せていたのは、桜井だった。
篠原の隣に膝を着いて、篠原の腕に抱えられたままぐったりとしている桜井を覗き込む。桜井さん、と何度も呼んでいるはずなのに、声が出てこなかった。
急速に渇いていく喉が痛くて、酷い頭痛がする。
明かりの少ないここでは、桜井の顔色はわからない。ただ、触れた桜井の手が、生温かく濡れていたことに気付いて、頭が真っ白になった。

「桜井……!」

暗いフロアに響く篠原の声が、相楽を我に返す。
篠原の手が桜井の頬を撫でると、彼は僅かに身じろいだ。途端に、相楽の呼吸がふっと軽くなるのを感じる。
桜井さん、とようやく発された相楽のか弱い声に反応するように、桜井は伏せたままの目蓋を微かに震わせた。
桜井の手は、生温かい血で濡れていた。素早く彼の身体を見下ろすと、漆黒のブルゾンの一部分が、大きく裂けているのを見つける。
恐る恐る触れると、指先が濡れて、桜井が小さく呻いた。
鋭いなにかでざっくりと切られた桜井の肩が、とろとろと血を流している。ブルゾンの下に着用しているベストすらも雑作もなく裂かれていることに気付いて、こくん、と息を飲んだ。

「桜井さん……」

ぼんやりと目を開いたものの、桜井の意識は曖昧だ。
出血のせいかと目を凝らしてみたが、命に係わるほどの怪我ではないようだ。
篠原が、腕に抱えたままの桜井の頭を撫でると、桜井は大きく顔を顰める。どうやら、頭部への打撃で昏倒しているようだった。
咄嗟に耳に着けたままのインカムに触れて、医療班のオフィスへと繋ごうとした手を止める。
相変わらず妨害されたままの通信はざぁざぁと鳴るだけで、使い物にはならなかったからだ。




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あきゅろす。
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