Story-Teller
V




UC館の裏口の前でアクセルから足を離した篠原が、長い息を吐き出す。自身を落ち着かせるような、または覚悟を決めるような、深い呼吸だった。

助手席で黙り込む相楽を一瞥してから、後部座席へと手を伸ばす。
引っ張ったのは、ファースト・フォースの目印でもある、黒地に真紅のラインが入った防弾ベスト。
ホテルでの畏まったパーティーの警備とあって、どうしても目立ってしまうそれは、着用せずに車内に置いたままだった。相楽のベストも、後部座席に放ってある。

スーツの上着を脱いだ篠原は、シャツの上に巻いていたショルダー型のホルスターを一度外してから、漆黒のベストを羽織る。その上からホルスターを着け直し、収められていた銃の弾倉を確認した。
その一連を見つめていた相楽も、同じようにベストを羽織る。その間も、視線が何度もUC館の扉へと刺さった。

見慣れているはずの建物なのに、シャッターで囲まれた姿が、まるで別のもののように見える。
音は、なにも聞こえてこない。だけど、その扉の向こうでは、何かが起こっている。
ごくりと無意識に唾を飲み込んでいると、篠原が車から降りた。その手には、まだ銃が握られている。ホルスターに戻される気配はない。
篠原を追ってドアに手を掛けると、不意に篠原に呼ばれた。弾かれたように視線を運転席の方へと戻せば、身を屈めて車内を覗いた篠原と目が合った。

「ここで待機してろ」

「……いやです」

思いきり首を横に振ってドアを開いた相楽に、篠原は眉を寄せた。
篠原が何か言う前に、素早く車から降りてしまう。車体を挟んで向かい合い、もう一度彼と視線を合われば、鋭く見つめ返された。
まっすぐにこちらへと向けられた篠原の緊張感に飲まれまいと、ぐっと唇を噛み締めて彼を見上げる。

「単独行動するな、馬鹿。って、いつも怒鳴ってくるのはあんたの方でしょ。単独行動なんてしませんよ。一緒に行きます」

早口で言い切って、篠原の隣に並ぶ。何も言わずに見下ろしてくる視線には、気付かない振りをした。
腰に巻いたホルスターから銃を抜いて、安全装置を外す。かちん、と乾いた音を鳴らした銃を構えてUC館をもう一度見上げると、途端にぞわりと鳥肌が立った。
篠原から感じる普段よりも鋭く張り詰めた空気と、シャッターで塞がれたUC館の中から漂う強い敵意が、足元から這い上がってくる。

すでに、任務は始まっている。
深い息を吐き出してから、篠原に視線を戻した。篠原も相楽と同じようにUC館を見上げている。ゆっくりとこちらへと顔を向けた彼が、静かに口を開く。

「なにがあっても離れるな」

ぐっと強い力で腕を掴んだ篠原に、黙って頷いた。
離れるな。
いつも勝手にふらふらと単独行動に出てしまう相楽に、毎度毎度篠原が言う言葉だ。
普段は聞き流しているその言葉が、いつもよりも深く奥へと突き刺さる。
頷くしかできなかった。絶対に離れてはいけない、なにがあっても。それだけしか、理解は出来ていない。



篠原のICカードが、扉に着けられたセンサーに触れると、施錠されている状態を表していた赤いランプが緑色へと変わった。錠が解除されたという意味だ。
ノブに手を掛ける。相楽は、篠原とは扉を挟んで反対側に背を預けて、銃を構えた。
ゆっくりとノブが回る。僅かに開いた扉の向こうは暗い。

扉の向こうへと銃口を向けて踏み出すと、非常灯が足元を仄かに照らすだけの廊下へと入る。
向かって左側は突き当たりだ。右へと進んでいく篠原の後を、暗闇に銃を向けたまま、一歩ずつ警戒しながら追う。

篠原と相楽がいるのは、UC館の執務室が並ぶ区画。
執務室は、一般客が入場することができる展示フロアをエル字に囲む形で配置されている。
ここは、その一番外れだ。
基地とUC館を繋ぐ連絡通路は、エル字の反対隅の三階に掛かっている。三階へと上る階段へと歩を進めていく篠原は、銃口を下げないままだ。

閉館作業が終わってしまえば、UC館の担当者たちは一斉に隊員寮へと姿を消してしまう。
日中の賑やかさとは正反対のしんと静まり返った館内は、夜間の警備も請け負っているファースト・フォースにとっては、慣れたものだった。
だが、いつもとは圧倒的に違うことがある。施錠された窓や非常口を、しっかりと覆って夜光を微塵も侵入させないシャッターだ。
左右を壁とシャッターに囲まれる、過剰な息苦しさが、徐々に相楽の脈を速くしていくのを感じる。
平静さを乱してはいけないと、必死に篠原の背を追った。





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