Story-Teller
●日記内SS (2012.1.29)



2012/1/29 日記内で公開 Story-Teller番外SS
【それを恋と呼ぶらしい】(【それを恋と呼ぶにはまだ苦いけれど】の続き)





篠原がオフィスの扉を開いてみると、見慣れた三人組が居座っていた。終業時刻は十分ほど前に過ぎて、ベルまで鳴ったというのに、帰る気配がない。
呆れた溜め息を吐いて後ろ手に扉を閉めれば、三人組の年長者である桜井が、椅子に座ったままピシリと模範的な敬礼をしてみせた。

「お疲れ様です、篠原隊長」
「……オフィスを溜まり場にするな」

溢れた溜め息が吐息のように言葉に重なれば、桜井の向かいに座っている関がヘラリと楽しげに笑った。

「相楽が篠原隊長を待つって言ったから、付き合ってたんスよー」

そう言う関に眉を寄せてから相楽を見れば、こちらの視線に気付いた相楽は慌てて首を横に振っている。
激しい狼狽っぷりだ。おろおろと何も言わずに首を振り続ける姿は、むしろ肯定しているようにしか見えない。
苦笑を噛み殺して自分のデスクまで行くと、背後で一斉に席を立つ音がした。ようやく帰り支度を始めるらしい。

「関、お前の部屋行っていい? 冷蔵庫にまだビールあったよな?」
「あるっすよー。俺、コンビニでつまみ買って来ます」

今夜は、賑やかな晩酌をするようだ。明日は関も桜井も非番だったな、と思い出しながら、篠原もデスクの上の資料を片付ける。
今日は篠原もさっさと上がるつもりだった。上層部からの小言に疲弊した、というのが本音だ。

ふと、賑やかに晩酌の計画を立てている関と桜井の声はすれども、その輪の中にいるはずの相楽の声がまったく聞こえてこないことに気付いた。
ネクタイを外しながら振り返ってみれば、関と桜井に挟まれたまま帰り支度を終えた相楽は、ぼんやりとした表情で二人の話に相槌を打っている。

……なんでこいつ、待ってたんだ。
ふと浮かんだ疑問に首を傾げていれば、その視線の先で、関が相楽の肩に手を回す。
関が引き寄せると、体重の軽い相楽はその力に簡単に負けて、こつんと関の肩に頭をぶつけた。

「相楽は未成年だから、関先輩がココア買ってやるよ!」
「こんな時だけ先輩面かよ……」

ポツリと不満を洩らす相楽に、関は嬉しそうはにかむ。普段から反応の薄い相楽がたまに言葉を返してくれることが、関には堪らなく嬉しいらしい。
……いくら可愛がっている後輩だとはいえ、関は相楽に対してのスキンシップが過剰過ぎる時がある気がする。
例えば、いつまでも相楽の肩から離れない手だとか、その手で相楽の頬をふにふにと優しくつまんでいるところだとか。


「相楽」

ほとんど無意識に呼べば、慌てたように関の手が離れた。疚しい気持ちがあったのがすぐにばれてしまうような大袈裟な反応だ。
誤魔化すようにヘラリと笑いながら振り返る関と対称的に、相楽は目を丸くして驚いたようにこちらを見つめていた。
どうして自分が呼ばれたのか、といった顔だ。
何度か瞬きを繰り返してから、「はい」と小さく返事をした相楽に、くるくると丸めたネクタイをポケットにしまいながら口を開く。

「飯でも食いに行くか」
「えっ?」

篠原が問えば、相楽はさらに目を大きくして、きょとんとしている。ジャケットを羽織った篠原がオフィスのキーをデスクから取り上げて見つめ返すと、今度は戸惑ったように目を細めた。

「酒が飲めないなら、桜井たちに付き合ってても退屈だろ」
「……はい、退屈ですけど」
「えっ、退屈なの?」

あっさりと頷いて肯定を返す相楽に、ギョッと目を丸めたのは関だ。桜井は、なにやら楽しげににやにやと笑っている。
退屈なの? と再度問い掛ける関を横目に、篠原はオフィスの扉を開いた。

「少し付き合え」

言いながら廊下に出れば、追うように相楽が駆け出てくる。
その後に続いた関は、明らかにガッカリした寂しげな表情で、関のそんな顔を見ながら廊下に出てきた桜井は苦笑混じりだ。
しょんぼりと肩を落として廊下に出る関を眺めてから、再度相楽に視線を落とし、思わず目を見開いた。

普段、恐ろしく反応が薄い相楽が、あまりに嬉しそうに微笑していたからだ。

相楽の稀少な微笑に目を奪われていれば、視線に気付いた相楽が、いつもの仏頂面に戻ってしまう。
我に返って視線を逸らしてオフィスに施錠していると、篠原と同じように相楽に目を奪われていた関が、わざとらしく咳払いした。
あー、さみしー。などと棒読みな関の声に、桜井はついに声を出して笑っている。


「篠原さん、和食が食べたいです」

不意にそう聞こえてきた。視線を落とせば、隣に立ってこちらを見上げている相楽が、和食。ともう一度呟く。
どこか嬉しそうではあるが、いつもと同じぼんやりとしたマイペースな表情だ。先程の笑みはすっかり消えてしまったらしい。

……相楽の、ふとした瞬間に見せる無防備な表情に、何よりも自分が戸惑っている。関から奪うように相楽『だけ』を誘った事にも。


相楽は何も言わずに後ろをついてくる。
和食、というリクエストを出したっきり、あとは篠原の好みに合わせるつもりなのだろう。
ただ、恐らくデザートは期待している。甘いものが活動源だ、と断言している相楽の気に入る甘味がある店はどこだろうか、とぼんやりと思い浮かべた。

後ろからぱたぱたとついてくる足音に合わせて、無意識に歩調を弛めている自分に気付いてから、小さく溜め息を吐いた。




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