Story-Teller
●日記内SS (2012.1.25)



2012/1/25 日記内で公開 Story-Teller番外SS
【それを恋と呼ぶにはまだ苦いけれど】



例えば、その唇。
頭上から降り注ぐ怒鳴り声はそこから発されてるのかと、なんとなく見つめてしまう。口は悪いし、腰に響いて威圧感を与えるくらいに声は低いけど、でも、妙に落ち着く。
それと、あの目。
鋭い。とにかく目付きが悪い。でも、たまに、ほんとにたまにだけど、凄く優しい形に弛んで見つめられたりする。
それで、あの唇が動いて、「相楽」と、たった一言呼んでくる。
たったそれだけなのに、凄くむず痒い。
嬉しい、とか、それに似た感覚が身体中を血液と一緒に巡って、息が苦しくもなる。

そんな症状が出始めたのは、いつからだったっけ……




「相楽は、彼女作らないの?」

終業間際のオフィス内で、そんなことを聞いて来たのは桜井だった。

今日はいつもよりも暇だった。
溜まった課題を半分ほど減らしてみたり、身体が凝ってきた頃に軽いトレーニングをしてみたりと、普段の忙しさからは考えられないほどにのんびりと過ごせた、貴重な一日だ。
もうあと数十分ほど経てば、終業のベルが鳴る。その音を待つ桜井と関は、楽しげに雑談を続けている。
相楽はといえば、あまりにも暇すぎて食べ過ぎてしまったチョコレートの残量を確認しながら、その雑談を聞くともなしに耳に入れていた。
ほとんど聞いていなかった話題を急に振られて、馬鹿みたいに目を丸めてしまった。こちらのそんな反応はお構い無しに、桜井は話を続ける。

「今は仕事も忙しいし、居ないだろ? でも前は居たべ、彼女」

「……どうですかね」

妙に断定した言い方の桜井から僅かに目を逸らしてから、そう返した。
実際、恋人と呼べる相手が居た記憶はうっすらとしか残っていない。媚びを売るみたいな甘ったるい声の女性たちとは、何度か恋人のようなことをしたような気もする。
キスをしてみたり、身体の関係を持ったり。だいたいそんなことだ。
そこまで考えてから、ふと首を傾げた。

それって、恋人、か? と。
キスはした。して欲しいと言われたから。
セックスも、まあまあした。主導権は相手にあって、しかも毎度途中で気分が悪くはなったけれど。
……そもそも、自分の母親から受けた軽い性的な虐待のおかげで、女性の裸体に対して軽い嫌悪感すら覚えることもあるのに、セックスなんてしようと思ったあの頃の自分は無謀な勇者だ。
多分、比較的冷めた思春期を迎えていた自分なりの、小さな性への関心だったのだろう。
今では、どうしてヤってみようと思ったのか、理解ができないけど。


……よく考えてみて、なんとなく解った。
彼女達は、『恋人』では無い、と。彼女達に、恋愛感情は微塵も無かったのだと。
こう言うのを、何と言うんだっけ。


「恋人、とは言えない関係なら、少しは」

「なにそれ、セフレってこと?」

「ああ、それだ」

関が眉を寄せて放った単語に、納得して手のひらを叩く。セフレ、それだ、と頷きながら。
こちらがあっさりと肯定したことに驚いたらしい関と桜井は、暫しこちらを凝視して金魚のように口をパクパクとさせていた。


身体だけの関係。
そこに恋愛感情は微塵も無かった。好きだとも、可愛いとも、綺麗だとも、なんとも感じなかった。
そういえば、彼女達と何を話したかすら覚えていない。
少なくとも、彼女達は自分に好意を持っていたのだろうに、そんなことにすら無関心だったようだ。
我ながら、酷い男だとは思う。


「ま、まぁ、昔の相楽が酷い遊び人だったって事が解ったうえで、聞こうか」

セフレなら居たよ、なんて反応に困ることを言ったというのに、桜井はまだこの話題を続けるらしい。
桜井は言葉を選んでから、今は? と問い掛けてくる。

「今は、恋愛感情含めた恋人、欲しくないのか?」

「……好きな人ってことですか?」

「そういうこと。あー、つっても、男ばっかの職場だからなー、出会いも無いよなー」

ですよねー、と桜井の言葉に関がぶんぶんと縦に首を振る。
先日参加したという合コンの話に華を咲かせる関と桜井の話をぼんやりと聞き流しながら、相楽はそっと視線を落とした。

好きな人。
恋愛感情を沸かせる人。
身体だけの関係で終わらせるのは、嫌だと思える人。
もっと知りたい、もっと話したいと思う人。
名前を呼んで、名前を呼ばれたい人。


───脳裏に真っ先に浮かんだ人物にギョッとして、慌てて首を横に振った。

あの唇が発する低い声を、もっと聞いていたいと思ったり。あの鋭い目付きが、愛しげに弛められるのを見たいと思ったり。
それは、恋愛感情なのだろうか、と、重たい問いが脳内を何度も何度も過ぎっては消える。
気のせいだ。そう思いたくて、強く目を伏せる。


関と桜井は、相変わらず合コンの話で盛り上がっている。どうやら、かなりの巨乳がいたらしい。
胸が、胸がと連呼する声を聞きながら、かちかちと鳴る時計の針の音に意識を飛ばす。
横目でアナログ時計を確認すれば、あと数分で終業のベルが鳴る。


あと、だいたい十分。
十分待てば、『あの人』が会議を終えてオフィスに戻ってくる。

……あの人が帰ってくる前に、終業時刻は過ぎる。待ってろ、とは言われてない。
でも……


デスクの下で握り締めた指が僅かに震えてしまったことに、自嘲の様な笑みを漏らした。




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