Story-Teller
◆賀正企画SS (2012.1)



※2012/1/1〜1/31までサイトTOPにて公開していた賀正企画SSです




「あ……」

小さくポツリと呟かれた声に反応して視線を斜め右下に落としてみれば、その視線の先にいる相楽が、手首に着けた黒い腕時計を眉を下げて見つめていた。
しょんぼりと眉を下げて、小さな溜め息とともに肩を落としている。

冬特有のつんと皮膚を刺すように透き通った冷たい空気と、濃紺の空にぽっかりと一人で佇む蒼い月がひらひらと淡い光を落としている真夜中のことだ。
シン、と物音一つせずに静まり返ったUC館の扉の前で、夜勤の守衛のために相楽と並んで立っていた篠原は、固く眉を寄せた。


「……なんだ?」


簡潔に問えば、相楽は八の字に眉を下げたまま篠原を見上げる。
冬の鋭利な蒼い月明かりに照らされているせいか、いつもよりも大人びて見えた相楽は、僅かに口をへの字に曲げていた。
そんな表情だけは、大人びた空気なんて微塵も感じないいつもの相楽らしくて、無意識にホッとしてしまう。
未成年でまだ子どもの部類だと思い込んでいる相楽が時折見せる儚げな色気には、多分篠原はまだまだ慣れないのだろう。普段とのギャップが有りすぎるのだ。

篠原の僅かな動揺など露知れず、相楽は不満そうな声で小さく呟いた。


「もう年が明けちゃってます」

「……ああ」


相楽のその言葉に、篠原も自分の腕時計を見下ろしてみる。

時刻は夜の零時を数分過ぎた頃。
大晦日の夜勤番だったから、日付が越えたということはもう一月一日だ。気付かないうちに年が明けていた。
そういえば俺は毎年毎年、大晦日は夜勤のシフトだな、と嫌なカルマを思い出していれば、じぃっと見上げている相楽の視線に気付く。
黙って見下ろしていれば、相楽は何度か躊躇うように視線を左右に揺らしてから、もう一度真っ直ぐに見上げてきて、ようやく口を開いた。


「明けまして、おめでとうございます」

「……お前はいつでも暢気だな」


夜勤中に何を言ってるんだ、と篠原が呆れて返せば、相楽は不貞腐れたように視線をプイと横に逸らして、蒼白い月を見上げた。月を見上げている目は不満そうだ。
その細い横顔を見つめて、息を吐く。冷えきった外気に触れて、篠原の吐き出した息は白くなっていた。
ふと見てみれば、相楽の頬や鼻のてっぺんが赤く染まっていることに気付いて、じわじわと笑いが込み上げてくる。
どうやらまだ不貞腐れているらしいのだが、その赤い鼻や頬では怒気などなんの威圧も感じられなかった。

やっぱりまだ、相楽は子どもだ。
時々戸惑うこともあるが、頬を真っ赤に染めた姿なんかは、まだまだ幼い。

そう確認して安堵してしまうのは、父親心のようなものなのか。それとも、相楽の纏う色気に惑わされてでもいるのか……
暫し考えてから、後者は選択肢から削除することにした。それが何よりの答えになってしまうのだが。


何気なく手を伸ばして、相楽の冷えきった頬を軽くつねってみる。
ムッと眉を寄せて見上げてきた相楽に、僅かに苦笑してから静かに口を開いた。


「今年も隣は任せたぞ」

「……はい」


頷きながら更に赤くなった相楽の顔に、篠原は満足して手を離した。



例えばそれは、ある始まりの日のこと。




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あきゅろす。
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