Story-Teller
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駐車場の隅に置いてあった二台の公用車のうち、一台は今、関と木立が総司令を送り届けるために使っている。

ぽつんと残されたもう一台に乗り込んだ篠原は、相変わらず黙っていた。
駐車場に来るまでに擦れ違った警備員たちに声を掛ける事も無く早足で先を行く彼を、同じ様に黙ったまま、駆け足で追い続ける。

普段から無意識にぴりぴりとした空気を放っている篠原だが、今は違う。
篠原から感じ取れるのは、殺気にも似た重たい感情だ。そこに混じっているのは強い焦燥感。

篠原は、何かに焦っている。
今にも走り出しそうな歩の進みも、その焦燥感から来ているのだろう。


張り詰めた空気に、何も言えなくなってしまった。
何があったのか、問うことも出来ない。「何かが起こっている」。それだけしか、わからない。ただ、篠原に付いていくことしか出来なかった。


相楽が助手席でシートベルトを締めると同時に走り出す。ぐらりと身体が左右に揺れた。いつもよりも、篠原の運転が荒い。



再度確認するために相楽と篠原が会場に入った瞬間に、その場にいた警備員達は息を飲むように静まった。
篠原の発している尋常ではない空気に気付いたのか、恐る恐る会場の扉から廊下へと出て行く彼らは、困惑したようにこちらを窺っていた。

彼らも充分に点検したであろう会場内には、やはり怪しいものは見当たらなかった。
なにも見当たらないことに釈然としない相楽だったが、篠原がすぐに会場を出たことに気付いて慌てて彼を追った。
篠原は、そこに「何もない」ことに気付いていたようだった。相楽には、その理由がわからなかったが。


ホテルの点検は済んでいないというのに、篠原は基地に帰還すると言った。
無線で、総司令の警備に着いている関と木立にも帰還の命令を出していたようだ。
早足で駐車場に向かう篠原の背を見上げた相楽は、一度は治まったはずの全身の緊張感がじわりじわりと膨れていくのを感じながら、それをどうにか周囲に悟られぬように顔を伏せた。




高級ブランド店が並ぶ一等地から離れて、建ち並ぶ店舗から溢れる真っ白な明るい光で照らされている道路を進む。
手首に嵌めた腕時計を見てみれば、十九時を少し過ぎた頃だ。パーティーが始まってから、一時間しか経っていない。
たった一時間なのに、やけに長く感じる。
任務が始まってから、だらだらとソファーに座って警備を勤め、不思議な空気を纏う男性と出会い、そしてテロリストを制圧した一時間。
ここ最近、雑務しかしていなかった相楽にとっては、濃厚すぎる一時間だ。


篠原がやけにアクセルを踏んでいるからか、街並みはどんどん流れていった。まだ十九時だ。人が溢れている。

街はまだ賑わっているが、十八時に閉館するUC館はもう静かになっている頃だろう。
閉館後は、館員達もオフィスや自室に戻り、警備用の非常灯がぼんやりと灯っているだけの静かな館内を、ファースト・フォースや他のチームが交代で巡回する時間となる。

今夜は、高山と木立が夜勤のはずだった。
思いがけない指令で、非番の桜井や吉村を駆り出したが、この調子だと相楽や篠原たちも朝までオフィスで待機することになるだろう。


まだ少し痛む頭を片手で撫でてから、相楽はごうごうと通り過ぎていくネオンを見送ってから、近付く堅城を見つめる。
UCの防衛を担う国内最大で、最も物騒な城こと、UC防衛軍本部だ。
その姿が眼前に迫ると、相楽はふっと息を吐き出して、気を引き締める。


これから、長い長い夜が始まる。




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あきゅろす。
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