Story-Teller
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うつ伏せになり、床に擦りつけたままの美しい顔を苦渋に歪めていた彼女が、首を捻って相楽を見上げていた。
自分の体の上に乗る男を睨むその憎々しげな瞳が、揺らめく。

ゆらゆらと風に揺れながら燃えているような、蒼い光を宿した目だった。

瞳の中に光源があるかのように、その瞳自体が蒼く発光している。
小さく、大きく、波の様に光の強さを変えながら、その目は相楽を睨みつけていた。



その異様な姿に絶句する眼前で、彼女が大きく身を捩る。
はっと我に返った相楽が彼女の体を固定する力を強めるのと、激しい痛みが全身を覆ったのは同時だった。


勢い良く宙に放り出された体が、僅かの浮遊の後、大理石の床に叩き付けられる。
全身の骨を軋ませるような痛みにハッと息が詰まり、脳が激しく揺れていた。

何が起きたのかを確認しようと顔を上げると、床に蹲った相楽を見下ろすように立っていたのは、あの女性だ。
何も言わずに見下ろす彼女の目は、やはり、淡い蒼を湛えていた。
感情の無い蒼い瞳に、ぞわりと身体中が粟立つ。


言い得ぬような不気味さが相楽の脳を覆った瞬間に、彼女の美しい脚が振り上げられていた。
横薙ぎに振られた脚は相楽の左のこめかみを捉え、そのまま振り切られる。チカチカと眼孔の奥で火花が散って、ふっと目の前が真っ暗になった。

額が床に押し付けられた衝撃で視界に光が戻ってくれば、それと同時に顔面が麻痺したような鈍い感覚が一気に襲う。
よく磨かれた床にぽたりと零れ落ちた真っ赤な滴が、床の上に大きな円を描いていた。口の中が切れているようだった。
じんじんと広がる痛みと鉄の味に、ぐっと息を飲む。

まだくるくると回っている視界の中心に、女が立つ。

伸ばした指が相楽の首筋に触れた。
ひやりとした細い指が蛇のように首を這ってから、一気に頚動脈を絞めあげる。
はっと息を吐く暇もなくぎりぎりと気道を圧迫されれば、床に放り投げたままの足から力が抜けていった。

眼前の女の目が、蒼い。
必死に女の指を引き剥がそうとすれど、相楽の首に喰い込むように剥がれぬそれは、そのまま首の骨を折ってしまおうとしているのか尋常でない力で相楽の細い頸を絞める。


女性の指を掴んでいた相楽の手が、不意にぱたりと力無く床に落ちた。

一度床の上でひくりと動いた指は、そのまま微動だにしなくなった。
同時に相楽の体は糸が切れたマリオネットかのようにぶつりと力を無くし、女の手の中にある首だけを差し出すように、ぐったりと弛緩する。


その様を静かに眺めていた女性の瞳から、ふっと蒼色が消えた。
するりと手を離すと、相楽の体は支えを失って床へと放られ、ごつりと鈍い音を立てる。
血溜まりの中に落ちた相楽を一瞥し、女性はその表情の無い美しい顔を僅かに歪ませていた。汚れた犬を見るような、冷たく蔑んだ目だ。
ほんの一瞬の間でその表情は消え去り、彼女は何事も無かったように息を吐き出して踵を返す。


呆然とその様子を見ていたフロントのホテルマンは、彼女が相楽から意識を外したことに気付くと、慌ただしく内線の受話器を持ち上げる。
非常事態を伝える為に総務室へと繋ごうとするその手は大きく震え、キーを押す指が定まらずに何度も番号を間違えてはクリアを繰り返していた。
ホテルマンの焦燥を嬲るように、女性はゆっくりと一歩踏み出す。その足は真っ直ぐにフロントへと向いていた。
コツリ、と女性の靴が控えめに音を立てる。
受話器に向かって叫んでいたホテルマンが、ひっと息を詰まらせた。




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