Story-Teller
XI



相楽が浮かれてしまっている理由は、ここにある。


足手纏いになっていた期間は、相楽にとってもどかしい日々の連続だった。
自分を守ってくれる篠原を支えたいと、そう彼に告げたのに、結局何も出来なかったからだ。

この悔しさと虚しさは何度も味わったことがある。

『母親』の下にいた頃の自分は、この感覚ばかりを与えられていた。
母親の歪んだ愛情は常に相楽を束縛し、人形のように愛でられては、彼女の思うように腕を引かれるだけの日々。母は、相楽からすべてを奪い、相楽を孤立させ、母だけの世界に閉じ込めていた。

実質的に、相楽の世界は狭かった。そして、得た物はすぐにこの指から引き剥がされてしまった。
簡単に奪われる悔しさ、抗えることが出来ずにいた虚しさ、そして、絶望感。
己には何も出来ないと、無力さだけを浮き彫りにさせるような、その苦しみ。

だから、早く任務に戻りたかった。
もう、与えられては奪われるだけの、あの無力な自分に戻りたくはなかったからだ。




ようやく口許の締まりを取り戻してから篠原を見上げると、彼は鋭く目を細めてフロントを見ていた。
時折自動ドアの向こうからやってくる宿泊客を険しい瞳で見つめては、敵か否かの判別を繰り返す。

先程までの相楽と同じことをしているはずなのだが、さすがに『戦闘集団』のトップを担う人間だけあってか、放つ緊迫感が尋常ではない。そう思うのは、相楽の先入観や気のせいではないだろう。
軍人ではない、平和で穏やかな日々を過ごす人間が見ても、篠原が纏う張り詰めた空気には圧倒されるに違いない。

相楽の口にマカロンを詰め込んだ人間が、今は『敵』を探している。
篠原に限らず、ファースト・フォースの隊員達の切り替えの早さは見習って吸収するべきところだと、相楽はぐっと眉間に力を入れた。


「篠原さんが来たって事は、上は異常なしってことですか」

チェックアウトの手続きを済ませてエレベーターへと向かっていく男性を篠原と共に見送ってから相楽が口を開くと、篠原は「そうだな」と頷いた。

「会場に入った来賓のボディーチェックは済ませた。会場内にも怪しい物は無い」
「会場はワンフロアをまるっと貸切っているんでしたっけ。そうなると、外部からの侵入さえ気をつけていれば、どうにか……」

そこまで言って言葉を区切れば、篠原が見下ろしてくる。まじまじと彼を眺めてから、相楽は窺う様に眉を寄せた。

「……もしかして、俺の責任って重大なんですか?」

そう呟くと同時に、両頬に走る激痛。
頬をがっしりと指先で掴まれて、引き伸ばされるその衝撃は、先程も充分に堪能した痛みだ。
声にならない悲鳴を発した相楽に、篠原は大袈裟に舌打ちをして手を離す。
じんじんと痺れて熱を持つ頬を撫でながら、相楽は涙目で篠原を見上げた。

「だ、だって……てっきり、俺が使えないからこんなところに配置されたもんだと思って」
「使えないやつを一番戦闘確率の高い場所に置くか、馬鹿が!」
「ば、馬鹿ですけど……」

怒鳴ってから苛立ちを鎮めるかのようにトントンとソファを指先で叩き出した篠原に、相楽はもごもごと口を動かした。

『負傷から復帰して間もない相楽を連れてきたはいいが、足手纏いだ。どこか邪魔にならない場所に置いておくか』と篠原に思われたから、こんな玄関口に放られたのだと思っていた。

だが、違ったのだ。
相楽が任された座って人々を眺めているだけのつまらない任務が、今回最も重要だったのだと、今さらながらに気付いてしまった。
ここで相楽が喰い止めなければ、簡単に『敵』の侵入を許してしまうことになるから。


大事な任務を任された嬉しさを覚えると同時に、ぐっと拳に力が入る。

一度抜けてしまった緊張感が一気に体に戻ってくるのを感じれば、纏わりついていた霧が晴れたように身体中が軽くなっていった。
現金な性格の自分に苦笑しながら、裏腹に、フロントを見つめる目が険しさを増した。




「様子を見に来て正解だったな」

ようやく緊張感を取り戻した相楽を眺めていた篠原が、ポツリと呟く声が聞こえた。
それに返事をしようと視線を上げた相楽は、ふわりと頭を撫でられて思わず口を閉ざす。

くしゃりと髪を掻き混ぜてから、篠原の大きな手が離れていってしまった。
何も言えずにじっと彼を見上げれば、普段はしっかりと引き結ばれている彼の口端が、僅かに緩んでいる。

それに目を奪われているうちに、さっさと身を翻した篠原は階段へと向かっていった。エレベーターを使わないで、様子を見ながら会場のあるフロアまで上がっていくのだろう。
遠ざかっていく広い背を暫し見つめていた相楽は、慌ててフロントへと視線を戻す。


「……不意打ちで笑うなよ……」

唇を噛み締めて、恐る恐る触れた頬が熱いことに気付くと、相楽は小さく舌打ちを漏らした。



【25.11.3 1話分だけ錯誤して更新してしまい、『XI』として載せていた話が『XII』分の話でした。本日訂正致しました。】



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あきゅろす。
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