Story-Teller
【番外編】 valuable



もふもふもふもふ。
テーブルを挟んで真向かい。運ばれてきてから一度も止まることなく、次々に口に運ばれていく生クリームやフルーツに、湊都 圭(みなと けい)は堪えきれずに微笑を溢した。
パフェと一緒に運ばれてきたコーヒーには手を付けていない。自分で頼んだコーヒーの存在も忘れてしまったほど、目はたったひとりを捉える。
「もふもふ、もふもふ」という小動物のような口の動きを眺めていれば、湊都の不躾な視線に気付いた同伴者は、生クリームを掬い上げたスプーンを口に運ぶのをぴたりと止めて、怪訝に眉を寄せてみせた。

「何?」

そう言って首を傾げるのは、幼馴染みの相楽だ。
幼馴染み、と言っても、出会ったのは六年前。湊都と相楽が、中学校に通っていた頃だった。
もっとも、一般的な「中学校」に通っていた湊都と違って、相楽は、「中学校」と呼ばず「中等部」と呼ぶような幼稚舎から大学までエスカレーター式の名門校に通っていたわけだが。
ただ、人付き合いが希薄な相楽と六年間も友人の関係を続けていられるのは自分だけなのだから、「幼馴染み」やら「親友」だとか、名乗ってもいいものだろう。

「幸せそうに食べるなぁって思ってただけ」

湊都が返す間にも、生クリームやアイスを次々に口へ運ぶ相楽を、湊都はやはり笑ったまま眺める。
相楽がパフェを食べ始めてから、会話はほぼ無い。「おいしい?」と湊都が聞いて「うん」と相楽が返したきりだ。
それでも湊都は、満足げに彼を見ていた。


日曜日のカフェテリア。
オープンテラスに、美形の男が二人。

視線を集めるほどに整った容姿に加え、女性ばかりのその店に、男が二人で向かい合わせ。
片や店の名物である巨大なパフェを黙々と口に運び、もう片方は幸せそうに相方を見つめているとなれば、一体どういう関係なのかと勘繰る目が刺さる。
巨大パフェをもふもふし続けている相楽と、それを眺めてにこにこしている湊都は、そんな視線など気にも留めてはいないのだが。

「そんなに幸せそうな顔してくれたら、連れて来た甲斐があるなぁ」

「ん、うまい」

器だけでも三十センチほどあったパフェは、既に三分の二が相楽の胃に収まった。それでもまだ相楽は止まらない。
口の端についた生クリームを湊都が手を伸ばして指で拭ってやると、どうも、と一言呟き、また相楽はもふもふを再開する。

「見てるだけでお腹がいっぱいになるねぇ」

呟いて、湊都は相楽の丸い瞳を見つめた。






中学の頃に通っていた塾の前で偶然出会ってから、六年。
ずっと隣で、ずっと一緒にいた友人が、数ヶ月前から別の道を歩み始めた。

相楽が「防衛軍に入る」と言ったから、湊都も防衛軍まで付いてきた。相楽が望む前線部隊を、湊都も選んだ。相楽が養成所の首席をキープするので、湊都もそれに続いた。これからも、相楽の隣、またはすぐ背中に触れられる場所にいるはずだった。

それなのに、相楽だけが、ファースト・フォースに配属された。

養成所の寮の部屋割りだって一緒だったのに、ファースト・フォースは夜中でも出動を余儀なくされるという理由で、相楽だけ、一人部屋に移動していった。候補生では滅多に会えないような、棟も違う場所へ。

養成所の休講は日曜日のみだ。
日曜だけが休みの湊都と、平日に非番が多い相楽とでは、休日だってなかなか重ならない。メールを送って、数時間後、または翌日に届く返事は、淡白な彼らしく短文。

今日は、おおよそ二ヶ月ぶりに休みが重なった。
多分、ここ最近ずっと高揚した顔をしていたと思う。周囲の人が「湊都、最近楽しそうだね」と言うくらいには、常に貼りつけている笑顔も愛想が割増だったのだろう。
甘いものがなによりも好きな相楽が喜びそうな店を探して、探して、探して……

目の前でもふもふしている相楽を見て、「苦労して探した甲斐があったなぁ」と満足な笑みを隠し切れない。
話を聞くだけで息が詰まりそうになるほどに多忙なファースト・フォースで、経験豊富な他の隊員にまったく劣らずに功績を上げているのだと聞くと、嬉しいのと同時に、寂しくて、悔しくなって、悲しくなる。
本当に、別の道に進んで行ってしまったんだ。





「……湊都?」

不意に呼ばれて、我に返った。
スプーンを手にしたままの相楽が、じっと見つめている。その窺うような視線に慌てて微笑を返して、どうしたの? と首を傾げてみせた。
黙ってこちらを見つめていた相楽は、スプーンをすいと動かして、チョコのアイスと生クリームをたっぷりと掬う。それを、「ん」と言う声とともにこちらへと差し出した。
なに? と目を丸めて問うと、「あーん、しろ」と身悶えたくなるような可愛いことを言って、スプーンをさらに近付けてくる。
恐る恐る開いた湊都の口に、相楽は遠慮なくスプーンを突っ込む。ぶわりと口内に広がったチョコの濃厚な甘味が舌をじんと震わせた。


「……甘い」

「だろうな」

湊都の感想に頷いて、相楽はモグモグと白桃を口に入れる。男同士の「あーん」を目撃した周囲がぎょっとして色めいたことも全く気にしていない。気にしていない、というより気付いていないようだ。

「……相楽、ちょっとさ、今の、恋人同士っぽいよね……」

「あ?」

もふ、と最後の生クリームを口に入れた相楽が怪訝な表情で眉を寄せたので、湊都はそれ以上何も言わずに口を閉ざした。
……まぁいっか、ラッキー。メロンソーダをストローできゅうきゅうと勢い良く吸い上げる相楽を眺めていると、知らずと笑みが漏れてしまった。

相楽がパフェを食べ終わっても相変わらず満面の笑みで見つめていると、ふと相楽の視線が彼の手元から素早く外れた。
オープンテラスを囲んでいる薔薇の草壁の向こうに移動した視線を辿ってみれば、知らずに眉間に皺が寄ってしまう。
道路沿いに位置するカフェテリアの向かいにあるのは、確か……
テーブルの上に置いてあった相楽の携帯電話が、ヴーヴーと重い音で振動した瞬間に、思い出した。カフェテリアの向かいにあるビルは、反UC派の紫陽花組の本拠地だ。

携帯電話を取った相楽は、険しい表情で電話に出る。その声が、普段よりも真剣味を帯びて、緊迫していた。
嫌な予感を覚えている間にするするとビルの前に止まった黒いバンは、見覚えがある。あれは、ファースト・フォースが使う公用車のうちの一つだ。
電話を切って立ち上がった相楽に、大きな溜め息が出てしまった。今日はもう、お別れみたいだ。


「ごめん、湊都……」

「……任務に呼ばれたんでしょ?」


言って、バンから降りてきた黒いブルゾンの集団を顎で指す。相楽は申し訳無さそうに眉を下げて、目をそらした。


「急な取締りだから人手が足りないらしくて……」

「……わかったよ。そんな顔しないで、相楽」


立ち上がって相楽の頬を手の甲で撫でると、きょとんと見上げてくる。そんな相楽ににっこりと笑顔を返して、肩を叩いた。


「いってらっしゃい。今日は俺の奢りだよ」

「―ありがとう、湊都。行ってきます」


真っ直ぐに見つめ返して来た相楽が、ジャケットを翻してカフェテリアを出て行った。見送れば、車通りの多い車道を大胆に横切っていく小さな背中が見える。

……一緒に行けないのが悔しい。
黒いブルゾンの集団と合流した相楽を見てから、湊都はカフェテリアを出た。そのまま、相楽に背を向けて歩き出す。


いつか。
また、相楽の隣に並ぶためにも、まずは成績トップを維持してやろう。
そして、入軍審査の時が来たら、こう言ってやる。


「大事な人を守るために、ファースト・フォースに入りたいんです」


今はただ、親友の無事を願うだけ。



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