ファースト・フォースのオフィスに、急な要請が入ったのは数時間前のことだ。
オフィス内に響いた要請依頼に篠原は溜め息を吐き出し、その内容の意味が理解できずにきょとんとしていた相楽と関は、篠原と同じく溜め息を吐いて苦笑していた高山と木立に視線で助けを求める。
目が合った木立はちらりと時計を確認してから、眉を下げてみせた。
「二人とも、正装用のスーツは持ってる?」
「……ブラックスーツなら……」
相楽が答えると、木立はそっか、と殊更困った笑みを深くする。
「十八時からホテル『レーヌ・ド・ルージュ』で催されるUC肯定派団体主催のパーティーに、総司令が主賓として出席するみたい。今のは、その警護をしなさい、っていう命令だね」
「十八時? 二時間後じゃないですか。急すぎません?」
関が椅子に座り直しながら目を丸めると、篠原は怪訝な表情でデスクに寄りかかる。
「総司令の警護は、本来なら幹部連中が請け負うもんなんだよ。開催目前で面倒臭くなって、こっちに丸投げってことだろ」
「たまに有ることだ」
苛立った篠原の棘の有る説明に、高山は苦笑のまま付け足した。
「この軍の幹部は、面倒事は全てファースト・フォースに押し付けだから」
「……でも、もっと早く要請が無ければ、警護だって万全なものには出来ないですよ」
「そんな事、幹部は知らないだろ。現場のことなんて一ミリも知らない奴らしか居ない組織だからな」
舌打ちと共に、篠原はちらりと高山を見る。目が合った高山は僅かに目を逸らしてから、何事も無かったように立ち上がった。
「こうしてはいられないな。警護に向かうメンバーと、こっちに残るメンバーを決めないと」
「俺は警護メンバーを率いる。高山はこっちの指揮を頼む」
「了解。人員が足りないから、非番の桜井と吉村に出てもらうか。……桜井、夜は新しく出来た恋人とデートって言ってたんだけどな」
「構うな。どうせ振られるだろ」
ケロリと言い放った篠原に、笑いを堪えるように肩を震わせた関を木立が肘で突いている。
数日前から、今夜の一大イベント(桜井にとっては、デート一つ取っても大イベントだ)に向けて意気込んでいた先輩の姿を思い浮かべると、相楽は胸が痛んだ。今回の恋人とも、上手くはいかないだろう。
「関、木立、お前達は総司令の警護に行くぞ」
「りょーかいでーす。相楽は?」
関が問えば、篠原は暫し相楽を眺めた。
恐らく、相楽が警護に向いているのかどうかを考えているのだろう。
直球に言えば、相楽は警護が最も苦手だ。
誰かを守りながら戦う、または戦うことも無く、守りながら逃げるなんて、いの一番に敵に向かって行く相楽には難しすぎる技でしかない。
とはいえ、警護の任を遠ざけていては、いざという時に誰かを守ることも出来ない。
けれど、正直に言ってしまえば、行きたくはない……
「……相楽」
「俺、警護なんて無理です」
「……」
「……」
じっと見つめてくる篠原に負けじと見つめ返す。
警護に向かうのは篠原と関と木立。急遽決まった警護の任務だ。人数は多いほうが良い。
だが、相楽は行きたくない。
どうにか居残り班になれないだろうか。
非番から無理に呼び出す吉村と桜井に、突然警護を頼むのはあまりに酷過ぎる気もするが、けれど相楽は、行きたくないのだ。
「相楽」
「はい」
「都内最高級の立食パーティー、ホテル付きの有名パティシエが作るパーティー限定絶品スイーツ」
「行きます!!」
……単純すぎる自分が、憐れになった。