Story-Teller
【番外編】湊都と南野U




「南野はすごいね」

純粋に言えば、南野は「はぁ?」と眉間に深い皺を寄せた。
童顔で幼い印象を与える彼だが、その表情はひどく大人びていた。冷めている、とも言える。

「相楽の過去のことなんて一つも知らないのに、南野は相楽の本質を理解してる。すごいよ。頭が良い。尊敬する」
「……湊都は、違うのか?」
「俺? 俺は違うよ。南野と違って、俺は相楽のことは何でも知ってる。ずっと一緒にいて、ずっと相楽を見てたから。でも、解らない」

なにが、と南野は小声で問う。
まだ候補生で溢れている教室内で、湊都と南野の会話の内容は些か深刻過ぎた。
それに気付いた湊都が一度息を吐き出してから、口を閉ざす。
開きっ放しのノートをちらりと一瞥した湊都に、南野は口を尖らせた。

「……誤魔化すのか? お前もすごいよな、ヘラヘラ笑って色んなもんを誤魔化して生きてる。さっさと防衛軍辞めて、詐欺師になったら? にこにこ笑って銃で人を撃つことよりも、絶対向いてるから」

言って、南野は再度ペンを持った。
さらさらと素早くノートを書き写す作業を再開させた南野を横目で見てから、湊都はふっと口元を緩めた。
脳裏に浮かんだ親友の姿に、胸が苦しくなる。

「解らない。相楽が、どうしてファースト・フォースを続けていられるのか」
「……どうしてって……配属されてから、まだ四ヶ月も経ってないだろ。あいつ見た目はひ弱そうだけど根性は有るし、最低でも一年はやり通すと思うけどな」

ノートに視線を落としたままの南野が返してくる。それにまた苦笑した。

相楽が『続けたい』か『続けたくない』かという問題ではないのだ。
彼を『辞めさせたくて堪らない人』が居て、実際に辞めさせようと尽力している事を知っているからこその「どうして、ファースト・フォースを続けていられるのか」という疑問だ。





今年の初めに『精鋭部隊』に配属された相楽から、深刻な表情で相談を受けたのは、二月に入って間もない頃のことだった。
その時、相楽を狂愛する彼の母親が、国会議員という権力を振るって相楽を精鋭部隊から降ろすように上層部に圧力を掛けている事を知った。
湊都に告げた相楽は、苦しげに呻いた。

「もう、逃げ場なんて無いから」

逃げて、逃げて、逃げ続けて、相楽はUC防衛軍に辿り着いた。けれど、そこでも母親の手からは逃れられない。
絶望する相楽を、そっと抱き締めた。
そして、傷ついた相楽を癒すことが出来るのは自分だけだと、醜い優越感に浸っていたのだ。


相楽が精鋭部隊から降ろされれば、候補生に戻るか、または防衛軍自体を辞めるかだろう。
きっと相楽は酷く苦しむ。
苦しんで辛くて泣きそうな相楽を、優しい言葉で励まして、抱き締めて、守ってあげるのだ、湊都が。
相楽を守れるのは、今や湊都だけなのだと、そう思わせて、相楽が自分だけを見るようにするのだ。
相楽の不幸を願う己を卑しいとは思えども、罪悪感など欠片も無かった。


けれど、相楽は辞めない。
辞令が出されるわけでもない。

どうしてだ。と、考えると夜も眠れない。
どうして、相楽は自分のもとに帰ってこないのか。




「篠原隊長が、相楽の教育に相当力入れてるらしいな」

南野がペン先を止めずに言う。
彼の横顔を見れば、ほんの一瞬だけこちらを見た南野がニッと微笑んだ。

「『あの』篠原隊長直々に、体術だの戦術だの射撃だの、手取り足取りだぞ? 凄いよな。俺は前線希望じゃないから『すげぇ』くらいで治まるけどさ、他の奴らなんか、歯軋りして血吐くほど羨ましいだろ」

友人の出世にどこか自慢げな口調になった南野に、湊都は笑みを返す。
すぐに書き写すことに集中し始めた南野は、それきり口を閉ざしてしまう。


篠原隊長、という名詞が出る度に、胸がざわつく。
苛立ちに似た不快感が、足元から這い上がってきて、胸で止まり、息を堰き止める。
特に、相楽の口から篠原の名が出ると、彼のその細い頸を両手で絞めてしまいたくなる。

相楽が精鋭部隊に配属してから、たったの四ヶ月しか経っていないというのに、相楽は目に見えて篠原へ寄せる信頼を厚くしていった。
それに対して、嫉妬か、それとも怒りか、はたまた堪えがたい悔しさが渦巻く。





ああ、そうか。と、不意に合点がいった。

前線を目指す者の誰もが憧れる『篠原隊長』。それこそが、相楽とファースト・フォースを繋ぎ止めている楔なのか、と。

相楽を守っているのは、篠原なのか。



指先にまでビリビリと流れてきたどす黒い感情を、ぐっと強く拳を握ることで耐えた。
周囲は賑やかで、己の夢を成就させるために純粋に前を向いている青年達の明るい輝きが、吸血鬼に注ぐ日光のように、計り知れない痛みと苦しみと絶望を湊都へともたらす。
じりじりと燃えるように熱を持つ眼孔と、カッと赤に染まる視界に眩暈を覚え、片手で顔を覆った。

苦しい。喉元まで込み上げる感情が熱すぎる。




顔を上げた南野が、ギョッとした。

「どうした、湊都。顔色悪いけど」

言われて、湊都はようやく口元に偽物の笑みを作り上げる。
感覚的に鋭い南野は、湊都の笑みに騙されず、ジッとこちらを見つめていた。
視線から逃れるように、湊都は席を立つ。

「ちょっと疲れちゃったよ。ノートは明日返してくれる?」

返事は聞かない。
訝しげな視線に背を向けて、湊都は廊下へと出た。

手に握った携帯電話を操作して、親友の名を呼び出す。
夜勤でなければ、もう勤務が終わっている頃だろう。

数回のコールの後、耳に届いた声が、ゾクリと背筋を震わせた。
愛しい。震えてしまうほどに。

「ごめんね、相楽。ちょっとだけ、会える……?」

声が、隠し切れない感情に塗れて、そして揺れていた。



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