Story-Teller
【番外編】湊都と南野T


「湊都って、相楽のこと好きだろ」

唐突に問う声に、息を止める。
隣の関に座ってノートを書き写している南野は、手を止める様子はない。けれど、視線をちらりとよこして来るのは、答えを求めているからだろうか。

彼の窺うような視線に捕まってしまった湊都は、誤魔化す様に一度ふわりと笑ってみせる。
すると南野は怪訝に眉を寄せて、自分のノートと湊都のノートへと視線を忙しく動かすのを再開した。






一日の講義が終わった養成所は、予習復習に勤しむ候補生たちで賑わっている。
二年制の養成所生活は、あっという間に二年が過ぎてしまうのだから、寝る間も惜しんで『UC』についてを頭に叩き込まなければならない。

二年制のうち、既に一年は過ぎてしまった。来週には、二年に進級する。

進級試験もどうにかクリアした湊都と南野だが、休む間もなく課題は山のように出される。
容赦の無い課題責めで倒れるものが続出する春、南野は遂に冒頭の問いを投げてきた。



課題責めに負けた南野が一時間分の講義を寝て過ごしたおかげで、湊都は泣きついてきた南野がノートを書き写すまで、この騒がしい教室で過ごすことになった。
本当は、寮の自室で静かに予習しようと思っていたのに、だ。


今年の初めに同室が部屋を出て行ってから、湊都は二人部屋を一人で優雅に使っている。
同期たちには大層羨ましがられるのだが、当の湊都は夜も眠れなくなる程の息苦しさを味わっていた。

寮のルームメイトであり、養成所の同期であり、高校のクラスメイトであり、中学の頃からの親友であった彼のことを思うと、眠れないのだ。





「好きだよ、当たり前でしょ?」

南野の問いにクッと口端を持ち上げて言えば、即座に「そうじゃない」と否定が返って来る。静かにペンを置いた南野は、両肘を机の上に立てて手のひらの上に顎を乗せた。
こちらを見る目は、呆れている。

「そういう意味じゃないだろ、お前のそれは」

曖昧な言葉だが、南野はしっかりと核心を掴んでいる。
科学者を目指す南野は、妙なところで頭が回り、そして勘も鋭い。

湊都が誤魔化すために言った『好き』と、南野が問う『好き』の意味は違う。

前者は背徳的な感情など微塵も無い、世間一般で言う友情や信頼と同じ意味であり、後者は、大概にして同性であるという理由から偏見を持って見られがちな感情を指すからだ。


いつから気付かれていたのだろうか、と苦笑混じりに沈黙すると、大きな溜め息が聞こえてきた。


「お前らに会ってから一年しか経ってないけど、解る。湊都は相楽が好きなんだって」
「……解りやすかったかな。相楽には欠片も気づかれてないんだけどね」

観念して自嘲のように声を揺らして言えば、南野も苦笑する。

「あいつ、恋愛感情は一切無視しようとしてるからだろ」
「……そう?」
「そうだよ。だから、誰が自分を恋愛的な意味で好きでも、どんなに性的な目で見られていても、全然気付かない。……違うか。『気付かないようにしてる』、だ」

断言する南野に、「ああ、そうだ」と納得して頷いた。

この養成所内でも、相楽を好きだという人間は少なくない。
なぜか人の心を惹きつけてしまう魔性を持つ彼だから、仕方が無いことだ。

今までも……湊都が相楽に出会ってから五年ほど経つが、彼は、色欲的な好意には全くと言って良いほど鈍感だった。
「相楽くんのことが好きなの」と真正面から言われて初めて、「へえ、そうだったんだ?」と気付く。

それを繰り返して五年。今もそれは変わらない。



そうなった原因は、すぐに思いつく。
南野は知らないが、湊都は知っている。

相楽は遮断したのだ。他人からの愛情を。
己を守るために。
狂ったように自分を愛する母親へ抱いた恐怖を、もう二度と味わうことの無いように。
相楽にとって他人からの愛情は、すべて恐怖に直結してしまうから。


◆◆◆ U へ 続く ◆◆◆



[*前へ][次へ#]

13/14ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!