Story-Teller
XII




篠原は、ジッとこちらを見つめていた。
必死に見つめ返していたものの、すぐに居た堪れなくなって目を逸らした相楽に、篠原は軽い笑いを漏らす。
慌てて再度篠原を見上げると、彼の手は相楽の頬を包む。

腰を屈めて視線を合わせる篠原に対してオロオロと視線を彷徨わせると、彼は笑った。
いつもの、小馬鹿にしたような、嫌な笑いだ。けれど、いつもは腹が立つその笑みに、ホッとしてしまう。

「もっと解りやすく言えよ」

彼にしては珍しい、悪戯気な色を含んだ声だ。
頬を両側から挟んで覗き込まれては、目を逸らすことが出来ない。真正面から見つめる目は、相楽の言葉を楽しげに待っている。
頬に触れている篠原の手を恐る恐る掴んで、相楽は唇を噛み締めた。
グッと眉間に皺を寄せてから、口を開く。


「俺に、協力して下さい。お願いします」


不貞腐れたように言ってやれば、ふわりと軽い力で引き寄せて抱き締められる。
突然のことに硬直すれば、頭の上から篠原の大きな溜め息が聞こえてきた。

「面倒臭いやつだな、お前」
「……すみません」
「……素直なのも逆に気持ちが悪い」

じゃあどうすればいいんですか。と、篠原の腕の中からムッと睨み上げれば、予想よりも近い位置にある篠原の目は笑っている。

右腕で篠原の胸をドンと軽く叩いてみてから、どうしようもなく熱い左腕の存在を思い出した。
一気に顔を顰めると、篠原は怪訝な顔をしてから、ふと相楽の表情の意味に気付いたらしい。
呆れたような目で見下ろしてくる篠原は、ゆっくりと慎重に相楽を解放した。

「もう一回、風早に診てもらうか?」
「……大丈夫です」

強がりで言ってから、ジンジンと耐え難い熱さと痛みを放つ左腕を右の手を押さえた。
安静にしていろ、と言われた数分後に悪化させてしまった。なんて風早に言ったら、流石の彼でも怒るだろう。

篠原がドアノブに手を掛け、隣に立つ相楽を見下ろした。
痛みに顔を顰めたまま見返すと、ふと眉を寄せる。

「高山には、もう一度俺が説明する」
「……なんて?」
「……」

言葉に詰まる篠原を見上げ、相楽は苦笑した。
『実の母親に性的な目で見られてる』なんて、篠原の口からは言い出し辛いに決まっている。相楽本人でさえ、言葉にしたくはないのだから。
そんな気味の悪い事を篠原に言わせるのは、あまりに酷過ぎる。

高山さんには俺が言います。と言い出そうとした相楽に、遮るように篠原が手を伸ばす。
また頭を撫でられてきょとんと呆けながら見上げると、篠原はぎこちなく目を逸らした。

「その他にも、高山には言わなきゃいけない事があるから」
「……」

手を離してさっさと扉を開いた篠原に、何も言えずに付いて行く。
ゆっくりと先を歩く篠原は、やはり相楽の腕を気遣っているのだろう。その爪先は真っ直ぐに医療班のオフィスへと向けられている。


その時の篠原の言葉の意味を、深くは考えなかった。
考えられなかった、というのが正しいかもしれない。
柄にも無く、内心はふわふわと浮ついていたのだ。


篠原との距離が一気に縮まったような気がしているのは、決して気のせいではない筈だ。
それと同時に、胸のもどかしさが一層増していく。
それは不快ではなくて、むしろぽかぽかと芯から響いていくような温もりを持っている。


ようやく、本当に自分の『居場所』が出来た。
胸の温かいもどかしさが『幸せ』という感情だと気付いて、無意識に口端が緩む。
もう何年もぐらついていた足場が、しっかりと押し固められて平均を保っている。

ありがとうございます。
ゆっくりと先を進む広い背中を見上げて、小さく呟いた。幸せだった。
これですべてが解決したような錯覚をしていた。

まだ全て、始まったばかりだというのに。

>>>To be continued,



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