Story-Teller
XI



「相楽」

篠原の低い声が耳に凛と届いた。
冷たい指先で相楽の目尻を撫でた篠原は、そのままふわりと相楽の頭を撫でる。
ぽんぽんと跳ねるように撫でる調子は相楽を落ち着かせるようにゆっくりとしていて、時折髪を弄るように指先で摘まむ。
擽ったい感覚が胸を這って、相楽は堪え切れずに顔を上げた。
見上げてみた篠原は、目が合うと苦笑いのように困った表情を見せる。


「部下に心配されるほど、俺は頼りないのか」

思いも寄らない言葉に相楽が目を見開くと、頭を撫でていた篠原の手が止まる。
するりと相楽の目尻に戻ってきた指先が、僅かに濡れている目許をなぞってから離れていった。
篠原は、苦笑を消して相楽の目を覗き込む。その目はいつもの篠原よりも柔らかい。絆されてしまいそうになるのを唇を噛んで必死に堪える相楽に、篠原は口を開いた。


「俺が受け止められるのかどうかは、俺が決めることだ」

篠原の声は、相楽に言い聞かせるようにゆっくりとした調子で囁かれる。
優しい声色のそれに、相楽は熱くなる目頭にギュッと力を入れた。

「全部聞いてから考える。だから、お前の気持ちを全部言え」



どうして、この人は、こんなに優しいんだろう。
篠原によって母親の手から守られていると知った日から、ずっと答えを探し続けている疑問だ。

けれど、もうそんなことはどうでもいい。
俺は。




「俺は、ファースト・フォースの皆が好きです」

呟いた途端に、箍が外れたようにぶわりと涙が溢れていた。
ごしごしと手の甲で乱暴に目を擦り、潤んで曖昧な視界の向こうに佇む篠原を捉える。
やはり困った様な笑みで相楽を見ている目は、優しい。
胸に閊えていたものはすべて、その優しい目で決壊していく。

「ファースト・フォースに、居たいです」

でも、と掠れ声で付け足して、止め処無く涙が溢れる目で篠原を見上げる。
居たい、だけじゃない。
自分がずっと伝えたかった言葉は、それだけじゃない。


「貴方が俺を守ってくれるなら、貴方のことは俺が守ります」

目を見開いて見つめ返してきた篠原が、何か言いたげに口を僅かに開く。
それを遮るように篠原のブルゾンの端を強く掴んだ。
まだ話は終わっていない。そう伝えたかったのを篠原は正しく汲み取り、口を閉ざして相楽を見つめる。
相楽は、自身を落ち着かせるために小さく息を吐き出す。


篠原はいつも、守ってくれる人だ。
盾になって、相楽を守ってくれる人だ。
けれど、それじゃいけない。
それでは、ここには居られない。


「今の俺じゃ、あの人には立ち向かえない。俺はここに居たいけれど、俺だけじゃ、すぐに連れ戻される。だから、篠原さんの力が必要です。だから、独りで、苦しまないで」

ずっと言いたかった言葉だ。
これは俺の問題で、本来なら、相楽が背負わなければいけない荷だ。篠原は、それを代わりに担いでくれていただけ。
だから、いつも一人で苦しむ篠原を見ているが辛かった。すべて、自分のせいだというのに。




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あきゅろす。
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