Story-Teller
7.きみの温かさを知る



目を覚ますと、医療班のベッドの上だった。

視線を僅かに揺らすと、左に見えたのは、点滴を繋がれた自分の腕だ。
そうか、と篠原は重い頭をどうにか動かす。
任務の途中で熱が出た自分は、帰還と同時に医療班へと運び込まれたらしい。点滴を打たれるのは、何年ぶりだろうか。

身体を覆っていた堪えがたい寒さは無い。どうにか体調は落ち着いたらしい。
ふと、右の指先にじわりと伝わる温もりに気付いて、視線を右へと揺らした。
その先にいたのは、ベッドの横に椅子を置いて座る相楽だった。襲った眠気に堪えきれなかったのか、ベッドの端に頭を置いてすぅすぅと眠るその幼い寝顔に、思わず目を瞬く。

毛布から露出された篠原の指先を、相楽はしっかりと掴んでいた。そこから伝わる相楽の体温は、酷く高い温度だった。
そういえば、子供は体温が高いというな、とぼんやりとした頭で思う。今年で齢二十の相楽を子供扱いするのは間違いだろうが、その高い温度は、どうしても赤子や幼児のそれに似ている。

しっかりと掴まれた指先が、熱い。
そういえば、熱で朦朧としたままジープへと戻っている間も、相楽はずっと手を握っていた。
そこから伝わる温度は、今のように熱かった。その温度に、寒さで震える身体は随分と救われていた。

「相楽…」

呼んでみても、ぐっすりと眠り込んでいる相楽は目を覚まさない。
ぎしりとベットを軋ませて、身体を起こした。まだ気だるい体は本調子には遠い。
ベッドサイドにある時計を見れば、もう夜の八時を超えていた。夕方前には帰還している算段だったのだが、篠原は随分眠りこけたらしい。
相楽は、ずっと側にいたのだろうか。
まだ任務時着用のブルゾンを着たままの相楽を見つめて、点滴が繋がれた手をゆっくりと持ち上げた。
静かに触れる相楽の頬は、熱い。普段から、こんな体温なのだろうか。

ふと、目に映ったのは、窓の外を浮遊する白い綿ごみだった。
ふよふよふよふよと揺れて落ちていく綿は複数個に増え、辺り一面を白に染める。
それが、初雪だと気付いたのは、暫く経ってからだった。
まだ脳内もぼんやりしているらしい。

…帰りの運転は、確か相楽がしたはずだ。
体調不良ながらも必死に運転席を奪い合う関と相楽を横目に見ながら、篠原は助手席で力も入らずぐったりとしていた。
結局ハンドルは再度相楽に任されたのだが、帰りは至ってまともな運転をしていた気がする。
熱で朦朧としてはいたが、隣で真剣な顔をしている相楽を覚えている。いざという時に実力を発揮する相楽だ。火事場の馬鹿力とは言わないが、土壇場で運転に慣れたのかもしれない。本当に引き出しの多い男だ。引き抜いた甲斐がある。


もう一度、窓の外を眺めた。
相楽の規則正しい寝息を耳に、思わず苦笑する。
初雪を迎えた日に、なんて慌ただしい想い出を作ってしまったんだろう。自分らしくない日だった。
相楽がファースト・フォースに来てから、以前とは比べ物にならないほどに、このチームは賑やかだ。他人事のように、賑やかにはしゃぐ隊員達を見ていたのだが、自分も例外では無かったらしい。

ひらりと舞い落ちた雪を、綺麗だと思った。
指先にじわりと感じるその温もりが、酷く安心する。

寒い冬の始まりの日に、きみの温もりを知った。
ゆったりと降りて辺りを白に染めていく様を見せてやろうと、篠原は、その温かな指先をそっと握り返した。




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あきゅろす。
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