Story-Teller
6.寒いのは冬のせい



相楽の指先を掴んだまま、篠原は真っ直ぐにジープへと向かっていく。
その手は酷く熱く、どう考えても熱があるようなのだが、この鉄仮面の上司は、体調不良が表情に全く出ない。
ただ、相楽の手を握り始めた時に見せた奇行は、篠原の思考が正常では無いのを如実に示していた。
この人が、いきなり手を繋いでくるなんて、考えられないのだから。

「篠原さん」

呼んでみても、反応は無い。反応し難いほどに、体調は悪いのだろうか。
『完璧』とも言えるこの上司が風邪を引いたなど、初めて見る。寝る間も惜しむほどに多忙だというのに体調管理は完璧で、疲れこそ見せるが倒れたことも無いのだから。
そんな人がこんなにも不調を訴えている原因は、自分の運転だろうかとハタと思い至り、また目頭が熱くなった。
どれだけの運転音痴なのだろう。このサイボーグのような上司すら行動不能限界にまで追い詰める自分の運転が、空恐ろしくなった。

「相楽」

不意に呼ばれて、慌ててはい、と返事をする。サクサクと足を止めない篠原は、呼んだくせに何も言わない。やはり、熱でおかしくなっているとしか思えなかった。

帰りは自分以外が運転することになるだろうと思っていたのだが、それが俄かに無理な気がしてくる。
篠原はコレで、木立は多分まだ顔面蒼白で、関も不調で。そうなると、消去法で自分しか居ないのだが、そもそもそういう事態にした本人が、また運転を買って出たらどうなるのだろう。
死人の一人も出るかもしれない。

どうしていいか解らずに、篠原の手を握り返した。
ぎゅっと強く握ってみれば、それに返すように、篠原も握り返してくる。

…なんだ、これ。
まるで恋人みたいだ、と思ってしまえば、おろおろと視線が揺れた。

「寒いな」

ふと耳に届いた低音が切なく掠れていた。既に喉にまで熱の影響が出ているらしい篠原は、徐々に歩調が緩んでいる。
大丈夫ですか、と問いかけてみても、ただゆっくりと頷くだけで、いつもの鋭さはすっかり消えてしまっている。重症だ。

「…寒いのは、冬のせいか」
「違います。熱のせいです」

咄嗟につっ込んだが、篠原は「そうか」と気の抜けた返事をするだけだ。どうしよう。こんな篠原は見たことがない。
見えてきたジープに、一層焦る。
結局、自分はどうすればいい?
運転をするべきか?いや、するべきか、というより、運転できるのが相楽のみなのだ。するしかない。

まだ強く掴まれたままの指先が、酷く熱いのは、篠原の熱のせいだと思い込んでから、相楽はきゅっと唇を噛み締めた。




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