Story-Teller
5.冷たい手でもいいよ



妖しげなきらめきを放つ、蒼の湖面を眺めながら、「まずい」と内心汗を流していた。
何がまずいかというと、そこにUCが無かったことではない。
先程から不調を訴えたままの自身の身体だ。

相楽の運転のせいだとは思えないのだが、頭痛が治まらない。
それに、熱を持ったままだった身体が急激に冷えていく。薄着をした覚えは無いのに、堪えがたいような寒さに背筋が震えた。
と、思えば、節節が軋むように痛んでくる。身体が異常に重い。

まさか、とは思うのだが、これは、風邪か?
その前兆が無かったせいか、篠原は戸惑いながらもどうしたものかと眉間に皺を寄せていた。
UC確保の任務は霧散してしまったのだから、早々に帰還するつもりだ。しかし、その帰りが問題だ。

さっき無線で話した木立の声は、まだズンと重く、相楽の運転のダメージは回復してはいないようだった。関も同様らしい。
帰りの運転は篠原が代わろうと思っていたのだが、もしこのまま体調が悪化したらと考えると、一層頭が痛い。篠原の代わりになりそうだった木立と関も、運転は出来そうにない。

まずはジープに戻って、ダッシュボードに入れたままの市販の風邪薬を飲むのが先決だが、あれには睡眠剤が含まれている。飲むとたちまち激しい睡魔に襲われるのだ。運転手になるだろう篠原が、それを飲むのは危険すぎる。
といっても、先程から止まらぬ眩暈を抱えたまま運転するのも充分危険すぎるのだが。

吹いた風に、肩が震えた。
相当に熱が上がっているのか、僅かな風にすら身震いをしてしまう。どうにか平静を保ったままジープへと進む足を止めないが、悪化していくのは自覚していた。
羽織った黒のブルゾンは防寒の機能がずば抜けた代物のはずなのに、最早着ていないに等しいほどの寒気が全身を襲う。
とにかく、寒い。
グラム単位の軽量化、などと考えておらず、携帯カイロの一つでも忍ばせておくべきだったと、深い溜め息を吐き出した。

「篠原さん…」

不意に指先に触れた感覚に、僅かに肩を揺らして足を止めた。
振り返れば、ジープに乗っていた時と同じ様な泣きそうな顔をした相楽が、篠原の右手の指先を掴んでいた。
何事かと首を傾げると、一層彼は不安そうな顔をする。

「何回呼んでも振り返らないから…」

だから掴んだ、と彼は言いたいらしいが、その語尾が不自然に落ちる。
相楽は、掴んだままの篠原の指先を見つめていた。

「熱、有るんですか?すごく熱い…」

そう呟く声に、「ばれたか」と内心で息を吐き出した。
どう言い訳するかと悩みながら、ふと気付く。
相楽に掴まれた指先から、じわりじわりと伝わる体温が、酷く温かく感じた。
無意識に相楽の手を両手で包めば、ギョッとした相楽が口をはくはくと開け閉めしながら見上げてくる。

「え?ど、どうしたんですか?」

聞かれても困る。いきなり手を握るなんて、自分でも奇行だとは思ったからだ。
それでも、今はその温もりが欲しい。

「…寒いからな」
「…俺の手、冷たいですよ?温かくはないと思うんですけど…」

動揺しているのか、しどろもどろで返って来る相楽の声に、「そうか?」と返した。
確かに、よくよく神経を集中してみれば、相楽の手も冷え切っている気がする。
だが、今の篠原にはそれでも充分に温かかった。

「確かに冷たいかもしれない」
「そうでしょ」

だから離して、と言いたげな相楽の視線を無視して、その手を片手で握り締めたまま、篠原は歩き出した。
半ば引き摺られるような形で付いて来る相楽が、何やら騒いでいたが、反応している余裕は無いので、全て放っておく。

「それでもいい。充分だ」

静かに呟けば、いつの間にか、相楽は静かになっていた。
繋がる指先の温度が熱いのか、冷たいのか、もうよく解らなかった。





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あきゅろす。
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