Story-Teller
4.きらめきに誘われて



取り返しのつかない事をしてしまった自覚はある。
大事な大事な任務メンバーを、グロッキーにしてしまったことだ。

深い獣道をさくさくと軽やかに進んでいく大きな背中を見つめながら、相楽はもう何度目かの溜め息を吐き出した。

相楽の運転で完全に行動不能になってしまった関と木立をジープに残したまま、篠原はさっさとUCの散策を始めた。
一言も責めない篠原に、一層泣きそうになってしまった。
相楽本人は予測が出来ていたことだったのだが、篠原にとっては大きすぎる痛手に違いないのに、この上司は責めないのだ。
相楽が命令を無視して飛び出していったり、無茶な攻め方で反UC派を制圧した時なんかは烈火の如く怒鳴りつける人なのに、相楽の実力が及ばなかっただけの時は、ただ黙して見守る。
いっそ怒鳴られてしまった方が、いつもの調子で口答えもできるのに、怒らない。
怒られないのは、呆れているだけなのだろうかと、僅かに不安になった気持ちを、首を大きく横に振って掻き消した。
今は、任務に集中しなければいけないのだから。



UCのエネルギー反応があった地点まで辿り着くと、篠原と相楽から漏れたのはがっくりと気力が無くなった重い息だった。

その地点には小さな湖が出来ており、一帯の木々はきらきらと露を浮かばせたように濡れていた。それを見た瞬間に、篠原は指先で眉間を押さえる。
それも仕方が無い。今回のUCのエネルギー反応の原因に気付いてしまったからだ。

直入に言えば、UCは無かった。代わりにあったのは、僅かなUCを含んだ雨を湛えた湖だった。
気化する特性のあるUCは、時折雨や水にも溶け込んでしまう。人体に影響は無いが、それらが湛えられたこの湖から、UCの反応が出てしまったようだ。
計測器を見てみれば、UC本体が有るとは思えない、本当に極僅かなエネルギー反応。
ここにUCは無いと確定してもいいだろう。

篠原は暫し眉間に皺を寄せたまま湖を眺めていたが、軽い舌打ちのあと、無線でジープにいる木立に結果を報告していた。

「…青い」

相楽が呟くと、その声は木々のざわめきに掻き消された。深い森の奥にひっそりと出来たUCの湖は、その特性を含んでほのかに蒼いきらめきを放っていた。
まるで絵具を溶かしたような淡い色だ。それはどこか幻想的で、ほっとする。
その妖しいきらめきに誘われて、ふらりと歩き出す。冬の外気でキンと冷え切ったその湖は、どこか攻撃的なのに、相楽はそれに触れてみたいと思ってしまった。

「…相楽?」

呼ぶ声に、ハッと足を止めた。慌てて足元を見れば、足元はしっとりとぬかるんでいた。すぐ爪先にまで迫っていた湖に気付いて、そっと後ずさる。
駆け寄ってきた篠原が、どこか怪訝そうに顔を覗き込んで来る。

「…入水自殺でもするのかと思った」
「し、しませんよ」

視線を彷徨わせて返せば、篠原は未だ納得していない顔で歩き出す。早々にジープへと戻るらしい。
篠原の背を見つめながら、そっと振り返った。
見えるのは、あの蒼い湖だ。

UCの反応は誤作動だったらしいが、珍しいものを見れたらしい。
もう少し見ていたかったが、もう一度呼ぶ声に急かされて、相楽は踵を返した。

二人の背を見送るのは、きらきらと輝く冷たくて淡い蒼の湖だけだった。





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あきゅろす。
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