Story-Teller
point of puzzlement



曇り空だ。
オフィスの窓から眺めた空がどんよりと灰色なことに気付いた相楽は、出勤してきたばかりだというのに、重い息を吐き出した。
昨日はそこそこに良好な天候だったのだが、今日は一雨来そうだ。
雨の日の巡回は気が重くなる。もう一つ、重たい息が漏れ出てしまった。



『相楽の初UC確保任務』から一夜明けて、眠い目を擦って出勤してきたオフィスには、高山と関がいた。今日の日勤メンバーは、相楽と高山と関、そして篠原だ。
時計を横目で確認してから、オフィスに常備しているマグカップにココアの粉末を注ぐ。ポットのお湯をカップに注ぐと、ふわりとオフィス中に甘い香りが漂った。
ココアが出来上がっても、まだ篠原は出勤してこない。もう一度時計を見てみれば、始業まで十分を切っていた。

「珍しい。篠原さんがまだ来てないなんて」

「だよな。いつもは始業十五分前には来てるのに」

相楽の呟きに同意した関は、コピー機の前で延々とコピーを繰り返している。
ガーガーと音を立てて次々と排出される資料を覗いてみれば、そこには教科書のように整った、それでいて筆圧の厚い字が整然と綴られている。その几帳面な筆跡で、なにも聞かずとも作成者が篠原なのだと解った。流麗に並ぶ丁寧な文字列は、本当に手書きなのかと疑ってしまう程だ。
コピー機から離れてデスクの上を見てみれば、篠原が作ったであろう報告書が、束になって載せられている。関がコピーしているのは、この報告書だったのだろう。

しかし、まさか、これを任務が終わった後に作っていたのだろうか?
相楽や関たちが帰ったあとに、一人で黙々とこの量をこなしたのかと思うと、我が上司ながら、異常な仕事量を請け負っている。


「篠原さんの仕事の速さは異常だと思う」

「本当にな。凄い人だよ、あの人は」


うんうん、と相楽の声に頷いて、コピーしたばかりの報告書を次々にファイルに綴じていく関が、「ですよね」と同意を求めた相手は高山だ。何も言わずに淡々と報告書に目を通していた高山は、微笑だけを返した。
ふと、そんな高山の表情に僅かに違和感を感じた。困ったような、話題を振られて戸惑ったような、反応に迷ったような、複雑な表情をしたような気がしたのだが。
すぐに資料へと視線を落とした高山の表情はもう窺えない。
恐らく自分の気のせいだったのだろうと納得した相楽も、篠原が作った報告書へと視線を落とした。見れば見るほど、完璧な出来だ。見本に一部、コピーを取っておくかと思案していると、オフィスの扉が開く気配を感じた。

開いた扉の前で、一斉に注がれた視線に眉を寄せていたのは篠原だ。
おはようございます、と相楽と関の声が重なれば、おはよう、と低い声で返して、後ろ手に扉を閉める。
目が合った高山がおはよう、と笑みを見せれば、篠原は無言で視線をそらした。それに気付いた相楽が目を細めて高山を窺ってみても、彼は既に手元へと視線を落としている。また、さっきと同じ違和感だ。

自分のデスクの引き出しからファイルとスケジュール帳を取り出した篠原は、それらを捲って、今日の日程を確認している。間も無く始業のベルが鳴ると、顔を上げた。


「今日はオフィス待機を二人、巡回を二人で回す」

「二人っすか。じゃあ、いつもの組み合わせでいったら、隊長と相楽が巡回?」


篠原の指示に関が返す。相楽がふと顔を上げると、いや、と先に口を開いたのは高山だった。


「これからは、相楽は俺と巡察に出よう」

「……高山さんと?」


思わず聞き返すと、相楽を見つめた高山は優しげに目元を緩める。


「篠原とバディを組むのが当たり前みたいになってしまっているけど、他のメンバーとも一緒に任務をこなした方がいいだろ?」

「……はい」


相槌を返して、高山から逸らした視線をデスクの上に置いた報告書へと移した。

高山が言うとおり、相楽と篠原の勤務が重なると、相楽のバディは必ず篠原だった。相楽がファースト・フォースに入隊してからずっとだ。だから、何も指示されずとも、篠原と一緒に任務に出るのが日常となっていたのだが。
相楽としては、篠原は「保護者」のようなものだと思っていて、他よりも経験の少ない相楽を率先してフォローするのは篠原の役目なのだと思い込んでいたから、何の疑問にも思っていなかった。
しかし、言われてみれば、他のメンバーとも任務に出た方が良いのかもしれない。篠原以外のメンバーの良い部分の積極的に吸収していくためだ。


ただ、どうしても頷けなかった。
ちらりと横目で篠原を見てみる。いつも相楽の手綱を握るのに苦労している篠原は、それで良いのだろうか。
こくん、と小さく息を飲んで篠原を見つめていると、篠原は暫し高山を見据えていたが、不意に視線を手元のファイルに落とした。指先で、万年筆を一度くるりと回す。篠原が、何か考えている時の癖の一つだった。

かつん、とデスクの上に万年筆を置いた篠原が、静かに頷いた。


「相楽と高山が巡回。俺と関はオフィスで待機する」


そう、篠原の口から発された指示を受けて、視線が手許へと落ちてしまう。どうしてか解らないが、真っ直ぐに篠原を見ていられなかった。
もう一度、こくん、と喉を鳴らしてから、わかりました、と小さな返事をした。

淡々と今日一日のタイムスケジュールと任務を告げる篠原の声に、相楽は俯いたまま唇を噛み締めていた。





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