Story-Teller
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オフィスの隅に置かれている通信機器が、ピィピィと甲高い悲鳴を上げて鳴り響いた。

その音に、ハッと高山が息を飲む。途端に、その表情から覇気が霧散した。
手首を押さえている高山の力が僅かに弱まったことに気付いて、反射的に足を振り上げる。
膝を高山の脇腹にめり込ませると、高山はぐっとくぐもった声を上げて身を屈めた。

身体中を覆っていた高山が己から意識を逸らした隙に、身体を横に転がした。デスクの上を転がって床に足を着けると、すぐにデスクから距離を取るように後退る。
暗いオフィスの中で、高山がゆらりと顔を上げて篠原を見つめていた。
窓から入り込んだ月明かりで、体の右半分程を照らされた高山は、ただ呆然と篠原を見つめている。

その間もひっきりなしに鳴る通信機器に、篠原はごくんと唾を飲み込んだ。
夜勤に出ているメンバーからの、非常事態の連絡かも知れない。
しかし、通信機器に近寄れば、高山に背中を晒すことになる。それを警戒して、なかなか一歩を踏み出せなかった。



篠原が躊躇している視線の先で、高山は、ゆっくりと片手で自分の顔を覆った。デスクに腰掛けたまま、頭痛を紛らわせるかのように手で目元を押さえ付ける高山の背後で、通信機器が赤く光って呼びかけている。
短い膠着状態を破ったのは、高山だった。
不意に顔を上げてデスクから離れた高山が、踵を返して通信機器へと手を伸ばす。
受信のスイッチを押して、静かに口を開いた。


「こちら、高山だ。どうした?」

『あ、桜井です! オフィスに、隊長はいますか?』

「…」


通信機器から聞こえてきた桜井の問いに、高山が一度こちらを見る。
その視線に眉を寄せると、彼はすぐに通信機器へと視線を落とした。


「いや、もう部屋に戻った。何かあったか?」


するり、と高山の口から嘘が出る。
ぞっとして、また一歩後退った。高山の横顔からは、なにも読み取れない。


『あぁ、UC保管庫の鍵が見当たらなかったので、隊長が持ってるのかと思ったんですけど』

桜井の言葉にはっとした。
保管庫の鍵は、自分のカーゴパンツのポケットに入ったままだ。自室に戻る途中に夜勤メンバーと合流して渡すつもりだった。
篠原を一瞥した高山は、静かに口を開く。


「篠原から俺が預かってる。心配ない」

『そうですか。解りました』


高山の短い返事に納得した桜井がぷつりと通信を切ると、室内には重たい沈黙が漂った。
高山がどう出るのかじっと窺う篠原に、高山本人は、何の感情も読み取れない瞳を向けてきている。
一歩ずつ近付いてくる高山から逃れるように後退った篠原の背中が、オフィスの壁にぶつかった。
逃げ場の無くなった篠原を追い詰めた高山が、手を伸ばす。
警戒して肩を揺らした篠原の頬を、一度だけ指先が滑った。その指が肩を沿って、脇腹をなぞる。
ごくりと息を飲む篠原の視線を受け止めながら、高山はカーゴパンツのポケットから保管庫の鍵を引き抜いた。
鍵を手の中に納めて、そのままこちらに背を向ける。
何事も無かったように早足で扉まで去って行く高山が、背を向けたまま口を開いた。


「報告書は明日書けばいいんだろ。疲れてるだろうし、今日はゆっくり休んだ方がいい」


そう言い残して、さっさとオフィスを出て行ってしまう。
一人残された篠原は、遠退いていく高山の足音を聞きながら、ずるずると床に座り込んだ。

口で噛むようにして、固く両手首を結びつけている高山のネクタイを外すと、手首に縛られた痕が痛々しいほどに残っていた。
顔を上げて見れば、デスクの周りには、篠原が身に着けていたベルトやジャケットが落ちている。高山が放ったものだ。

恐る恐る、指で自分のシャツを捲り上げてみる。腹から胸、首筋にかけて、まるで情事の後のような紅い痕が散らばっていた。
それを隠すようにシャツを降ろして、長い息を吐き出す。

一体何が起こったのか、まだ理解が出来ていない。
解るのは、高山を酷く怒らせたことだけだ。





高山を、本気で『恐い』と思ったのは初めてだった。

高山には、自分の声は、届かない。




>>>To be continued,




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