来た道を延々と戻る。
高速道路からも遠く離れた山中に入っていたため、車窓の外にはひどくのどかな景色と静けさが続いていた。普段は都内の中心部に留まっている相楽にとっては、こんなにも緑豊かな景色は久々だった。
もうすぐで、日も完全に暮れてしまう。そうなれば、電灯もほとんど立っていないこの周囲は、真っ暗に染まるのだろう。
しばしその景色を目に焼き付けるように外を眺めていた相楽は、そっとバックミラーで後部座席を見てみる。
後部座席の中央にぎゅっと詰まるように、木立と関が身を寄せて熟睡していた。朝早くから任務の準備を始めていたから、疲れていたのだろう。
関の肩に頭を乗せて眠る木立の穏やかな寝顔と、自分の肩に乗った木立の頭にさらに自分の側頭部を乗せる関の幸せそうな寝顔に頬が緩んだ。
「お前も寝てていい」
運転席の篠原がそう言うのでバックミラーから視線を隣へと向けると、篠原は赤く光る信号を見つめていた。
疲れているのは篠原も同じだというのに、この人は本当に読めないな、と眉を下げる。意地でも眠らない、と尻を滑らせて座りなおすと、篠原がちらりと横目でこちらを見た。
膝の上に置いたままだった自分のメッセンジャーバッグを開くと、お気に入りのミルク味のキャンディとは別に、メントール入りの辛口キャンディが潜んでいる。
こういった辛いガムや飴は苦手なので、普段なら絶対口にしないのだが……
メントール入りの黒いキャンディを一包み取り出して、篠原に差し出した。
なんだ、と目を細める篠原から顔を背け、口を開く。
「……眠気覚ましに、どうぞ」
そう呟けば、暫く目を丸めていた篠原が、指先でキャンディを受け取った。
篠原が黒いキャンディを口に入れるのを気配で確認してから、自分はミルク味の白いキャンディを舐める。甘い味が広がって、ようやく疲れが抜けていく気がした。
キャンディの残りをバッグに戻したときに見えた薄汚れたビニール袋に気が付いて、それを引っ張り出した。
土が落ちきっていなかったからか、バッグの中が僅かに汚れている。オフィスに戻ったら、バッグの中を綺麗に掃除しておかなければいけない。
「……なんだ、それ」
パラパラと落ちる土に眉を寄せていた篠原が問い、相楽は首を傾げる。
「UCと一緒に埋まっていたんです」
「……開発者の手記か」
ハンドルを切りながら言う篠原に視線を投げ、恐る恐る口を開いた。
「中、見てもいいですか?」
「汚すなよ」
返ってきた言葉を肯定と受け取って、ビニール袋の端をそっと開いた。中に入っているノートに触れると、ざらりとした砂の感触がする。
慎重にノートを袋から出してみると、思っていたよりも状態は良い。
持ち上げた瞬間に朽ちて破れるかもしれない、と緊張していた相楽は、ほっと息を吐き出した。
紺色のキャンパスノートだ。随分と古めかしく、茶に変色してしまってはいるが、元々は深い紺色だったのだろう。
指先で表紙を摘んで開いてみると、一ページ目には何も書かれていなかった。
次のページも、その次も。ぺり、と乾いた音を立てて開いても、茶に褪せた白紙が続くだけだ。
「………何も書かれていません」
「そうか」
篠原の短い返事に、密かにがっかりして息を吐いた。何か重要なことが書かれているのではないかと気を張っていたのに。
名残惜しくてペラペラとページを捲っていた手が、止まった。
ノートの、ちょうど中間ほどだ。
濃い紺のインクで綴られた文章は整っていて、見開いた両面のページを丁寧に埋めていた。
眉を寄せて、文章に目を通す。
それは、静かに、それでいて強く、温かな、届かぬ想いを伝えようとしていた、偉人の書いた手紙だった。