Story-Teller
XII





ざわざわと草を揺らした冷たい風に、僅かに肩を震わせた。見上げた空が、徐々に暮れていく。
耳に着けたインカムは、ざぁざぁと鳴るだけだ。崖から落ちた時に耳から外れて草の上に転がっていたが、端が微かに欠けてしまっていた。
壊れてしまったのかどうか試そうとしても、元々通信は遮断されている。どうしようもできず、けれど少しの希望を懸けて耳に着けてはみたが、その希望すら無くなってしまいそうだ。

膝を抱えていた手を、そっと地面に滑らせる。空からの日光が当たっているからか、ここはぬかるんでいないが、かすかに湿って雨の名残を感じる。
遭難したときは、安全な場所で動かないでいるのが良いと思い出して、一度上げた腰を下ろした。
下手に動いて体力を削り、衰弱すれば寒さにも耐えられなくなる。そうわかってはいても、「どうにかしなければいけない」という焦燥感や不安から、歩き回ってしまう人も多いようだ。
確かに、ただ黙って待つのは苦しい。
浮かぶ不安を、土を握り締めては放つを繰り返すことで誤魔化した。



不意に、地面を這わせていた指先が、何かに触れた。土や木の幹とは違う感触だ。
こつり、と音が鳴るような固さの、金属やプラスチックよりも滑らかで、ヒヤリとした冷たさを放つ固体。
なにかと視線を落として、己の目を疑った。

その固体の正体は、半分が土の中に埋まってしまっていた。だがそれは、紛れもなく、相楽が探していたものだった。
土の中からひっそりと、その美しい半透明な姿を覗かせていたのは、一見すれば、ただの水晶石。
しかし、水晶石よりも強くて淡い蒼い光を放っているのは、明らかに『UC』だった。

膝を着いてUCに測定器を翳すと、宝石のような美しい見た目に反して、膨大なエネルギー量を蓄えていることを示す。
普通ならば、厳重に保管されているレベルのUCだ。まさしく、相楽が持ち帰らなければいけないもので間違いない。


「あった……!」


安堵して口許が弛む。身動きができずとも、せめて任務だけは遂行したいと願っていた。体から硬さが抜くように細く長い息を吐き出して、UCを撫でる。

UC専用の保護バッグを広げてから、UCを覆っている土から掘り出した。露出していた部分は僅かだが、掘り出したUCの大きさは相楽の両手いっぱいに乗るほどのサイズだ。
そっと慎重に両手で持ち上げれば、溢れる様な蒼い光が辺りに広がる。サイズと放つ光の強さから、このUCの持つエネルギー量の大きさを感じた。
幻想的な淡い蒼の光は、おおよそ皆が血眼で探し出そうとしている『資源』とは思えぬ神秘さで、一般人ではお目に掛かれないほどの代物だった。


安全値を何倍も越えているUCはずっしりと重く、相楽は壊れ物を扱うように保護バッグへと収めた。ゆっくりとファスナーを閉じると、溢れていた光が閉ざされていく。
視線を落とせば、UCが埋まっていた場所に何かが置いてあることに気付いて手に取ってみる。
土で薄汚れて茶になってしまったビニールの袋の中に、小さなキャンパスノートが見えた。その色の煤け方から見て、UCと一緒に埋められていたものなのだろう。
ビニール袋に着いた土をしっかりと手で払ってから、自分の鞄に入れた。
保護バッグを肩から提げて、木の幹に手を着きながらよろよろと立ち上がる。身体が痛んで、膝はがくがくと揺れている。

UCを保護した以上、何としてでも帰還しなければ。
自分はどうなろうと仕方がないが、せめて、このUCだけは。
それが、相楽が単独で任された初めての任務なのだから。


気合を入れるためいにぐっと拳を握って、恐る恐る一歩踏み出した。
その足音に重なったのは、背後の草木ががさがさと大きく揺れる音。

感覚的に解ってしまった。
人間とは違う歩調。
抑えてはいるだろうが、しっかりと伝わる荒い息。
背後からでも圧倒するような存在感。
ゆっくりと振り返ってから、再度後悔した。


熊、だ。

どれだけしつこいんだ。
わざわざ相楽を追って崖を降りてきたのか。
粘着質過ぎる。人間だったら嫌われているタイプだ。

まだ上手く力の入れられない足をずるずると引き摺って後退した。
熊は、先程と何ら変わらずにジリジリと相楽を追い詰める。
やっぱりさっきの熊と同一人物…………違う。同一熊らしい。
獲物である相楽を再発見したことで、また鬼ごっこへの意欲が湧いたのか。それとも、今度は追い詰めてさっさと息の根を止めるつもりなのか……


後ずさる足が、びくりと震えて止まった。
足場が、無い。背後は、また崖らしい。背中に広がる空白に息を飲む。
視線を背後に移して足場がまったく無いことを確認して、唇を噛んだ。


飛び降りるか?
崖からその下への高さを確認してみたが、死にはしないだろう。
受け身さえ上手く取れば、どうにかなる。

ただ、UCは大丈夫だろうか。
受身の衝撃で破損でもしたら、この苦労がすべて水の泡になる。


でも……
相楽の惑う視線の先で、熊は構いもせずに距離を詰めている。



もう、行くしかない。
覚悟を決めた。






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あきゅろす。
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