Story-Teller
]



点々と倒れて気を失っている男たちを眺めていた相楽が、不意に歩を進めて関の隣を通り過ぎていく。
一番近くにいた男の両腕を掴んで、おもむろにズルズルと引き摺り始める相楽を、関は首を傾げて眺めた。
ぐったりと弛緩している男の身体を支えるように木の根元へと座らせた相楽は、今度は別の男を引き摺り始める。
一人終えればもう一人も同じように引き摺って木の幹まで運んでいく相楽を見ていた関が、ついに眉を下げて「ねぇ」と声を掛けた。

「相楽、さっきから何してんの?」

問えば、最後の一人を運び終えた相楽が振り返る。
近くに落ちていたリュックをひょいと持ち上げて、それも近くに置いてやってから、相楽は何度か瞬きをした。


「放っておくのは気分が悪いだろ」

「……相楽って意外と優しいよなー……」


関が微笑ましげに目元を緩めれば、相楽はそんな表情に思いきり顔を顰めてみせる。

ふいと視線を逸らした相楽は、男たちが持っていたコンパスを見下ろした。
関が持って来たものよりも高機能に見えるが、それもくるくると楽しげに回ってしまっている。彼らも、方角を見失ってしまったのだろう。
気の毒に、と眉を顰めてから、容赦なく武器を奪い取った。



────────………


武器を物色しては放り投げ、また別の男の武器を物色しては放り投げ、を繰り返していた相楽が、不意に腰を上げる。
ごそごそと男たちの荷物を漁る相楽を微笑ましげに眺めていた関は、頭上を覆う樹木の隙間から見える空が僅かに暮れ始めていることに気付いて相楽へと駆け寄った。

関を見上げた相楽に、声を掛けようとした瞬間のことだった。
背後で、ガサリと大きく草が揺れる音がした。

関が瞬時に銃をホルスターから引き抜いて振り返る。
男たちの仲間かもしれない、と銃口を伸びきった草の向こうへと向けたまま、相楽を背後に押しやると、彼は息を飲んで銃が向けられた先を見た。

がさ、がさ、がさ、と草を踏みしめる音が近付いてくる。
しかし、まだ姿は見えない。草が伸びて腰から下を隠しているとはいえ、成人ならば、とっくに姿は見えているはずだ。
それなのに、何が近付いてきているのか、はっきりと確認が取れない。

ふと、相楽が「なにあれ」と小さく呟いた。
関の銃口の先、ぐらぐらと揺れる草の間から見えた、真っ黒い塊。
波打つように黒が滑らかに動いて、こちらへと向かってくる。

眉を寄せて目を凝らした相楽は、次の瞬間、絶句した。

四つん這いにした大きな体を揺らめかせてじわりじわりと距離を詰めていたのは、やはり黒い塊だ。
陽に当たると僅かに茶にも見える黒い毛並みを持つそれは、ずしりと重たい体を不気味なまでにしならせて、一歩ずつ近付いてくる。
「愛らしい」と形容されるつぶらな瞳を持つはずなのに、その目に狩猟本能が浮かび、しっかりと相楽と関を見据えていた。
その姿は、まだ幼かった頃にたった一度だけ行った動物園で見た、あの姿をまったく同じ。



「く、まっ……!」


叫びかけた関の口を、相楽が咄嗟に手で押さえる。
相楽と関の視線の先。
ぬるぬると、しかし重たい足取りで確実にこちらへと向かってきていた黒い塊は、巨躯の野生の熊だった。
未だ銃口を塊……熊へと向けたままの関は、自分の口に手を押し付けている相楽を見下ろし、目が合った相楽は首を大きく横に振る。


「駄目だよ、関! 熊に会った時は死んだふりだって!」

「いや、もうしっかり目合っちゃってるけど?! それでも死んだふりって……」


任務中ですらマイペースを貫く相楽には珍しい、切羽詰った声が関を留めた。
狼狽したように忙しなく視線を左右に揺らしながら関に縋りついている相楽に、関は熊から目を離さずに首をぶんぶんと横へ振る。
関と相楽がくっついたままおろおろと後ずされば、熊は一歩ずつそれを追ってくる。縮まっていく距離に、相楽が徐々に関の腕にしがみ付いていく。
普段の関なら、歓喜しているところだ。相楽が自分から距離を詰めることなどない。
しかし、喜んでいられるほど、現状は穏やかではない。熊が、来る。まっすぐ、こちらへと。

関、と小さく呟いた相楽が関の腰を掴んだ。二人が一時も逸らさずに見つめるその巨体が、不意に大きく体を揺らした。
ぐわり、と毛が波打って膨らんだようだった。二足で立ち上がったその大きさに、相楽はひっと息を止めて目を見開く。
その瞬間、関の指が、引き金を引いてしまった。




─パァン。と、乾いた音が木々に反響して空気を割った。その音に、相楽はびくりと体を揺らして我に返る。
銃口から、僅かに白煙がたなびいている。撃った張本人の関も、目を見開いていた。己の身の危機に反応して、無意識で引き金を引いたようだ。

放たれた銃弾は意図せずに撃ち出されたからか、目標を大きく逸れ、熊の肢体の遥か左側を通り抜けて、木の腹にめり込んでいった。
その銃弾の軌道をしっかりと確認する前に、黒い塊は四肢を震わせて駆け出していた。
重く、ずっしりとした足取り。
でも、充分にこちらを圧倒する迫力を含んで。




[*前へ][次へ#]

10/17ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!