Story-Teller
【番外編】 overprotect





風早が退屈な会議の傍聴を終えて医療班のオフィスに戻ってくると、自分の部下である医療班所属の女性たちが何やら色めきたっていた。
副班長が帰ってきたというのに気付きもせずにいる彼女たちは、ベッドを覆っている白いカーテンの隙間からその中をちらちらと交互に覗き込んではきゃあきゃあと黄色い声を上げて頬を染めている。
声をかけずに近付いていって彼女たちの後ろからその向こうを覗くと、ベッドの上にはよく見慣れた青年の姿があった。ああ成程、と理解してからわざとらしく咳払いをすれば、ようやく風早がいることに気付いた彼女たちは驚きの悲鳴を上げて、まるで逃げるようにカーテンから後ずさっていく。


「か、風早先生、お疲れ様です。いつ、お戻りに……?」

「たった今。……動物園のパンダじゃないんだから、あんまりじろじろ見るなよ」


やけに目を泳がせながらそう聞く部下に対して顔色一つ変えずに返し、片手でカーテンの隙間をしっかりと閉める。ちらりと視線を遣れば、目が合った部下たちは慌てて自分の持ち場へと戻っていった。
班長が非番で、さらに副班長である風早も会議で出払っているのを良いことに、ベッドを借りに来た青年を仕事をサボってまで覗いて目の保養にしていたのだろう。
まったく、と小さく溜め息を吐いてから持ち帰った資料を自分のデスクに置いた。

ひたひたと足音を極力消して、音が立たぬように静かにカーテンを開いてみる。
体を内側に滑り込ませて後ろ手にカーテンを閉じれば、ベッドの上でスヤスヤと幸せそうな幼い寝顔が見えた。ファースト・フォース最年少の隊員である相楽だ。
「仮眠は仮眠室で取れ」と彼の上司である篠原には何度も言われているはずなのだが、何故か相楽は医療班のベッドを好む。静かで、カーテンを引くと完全な個室状態になるのに加えて、本来だったら「病人以外は仮眠室へ」と追い出すべきの風早が快く許可してしまったのもある。
ベッドを貸してください。という願い出に「いいよ」と躊躇いもなく頷いたのは、寝顔が可愛いから。ただそれだけだ。
いつもは精鋭部隊の一人として鋭い空気を放っている彼も、眠っている間と甘味を食べている間は実年齢よりも幼く見えてしまう可愛らしい青年に戻る。
むさ苦しい男ばかりの職場にいると、小動物のような愛らしさのある相楽は、見ているだけで癒されるのだ。


ゆっくりとベッドの端に腰掛けて、熟睡している相楽を見下ろした。
訓練中でも、任務中でも、ましてやプライベートでさえも外さないシルバーのフレームの眼鏡は、さすがに眠るときは外すようだ。枕元にある几帳面に畳まれた黒のベストとブルゾンの上に、大事そうに乗せられていた。
手を伸ばして、相楽の頬に掛かっている髪を掬うように払ってやると、するりと肌に触れた感触が擽ったいのか、僅かに身を縮める。それでも、起きる気配は無かった。

すっかり安心しきっているんだな。
そう思えば、頬が緩んだ。
いつもいつも口うるさい上司に怒鳴られているのだから、せめてここでは静かに過ごさせてやりたいものだ。
細い髪を撫でていると、不意に相楽の耳に着いている無線がピィピィと甲高く鳴り響き、その音に相楽が身を捩る。ゆるゆると覚醒して、ゆっくりと目が開かれた。
緩慢な動作で腕を上げた相楽は、まだ鳴り続けている無線に手を当てて通信を繋ぐ。


「相楽です……わかりました、すぐ行きます……」


ぷつりと無線を切った相楽がぎこちない動きで体を起こすのを、背に手を添えて手伝ってやれば、まだ半分しか開いていないぼんやりとした瞳が向けられた。
しぱしぱと瞬きを繰り返して、目を手の甲で擦ると、ようやくはっきりと目が覚めたらしい。ベッドの上に座ったままの状態で、頭を下げてくる。


「会議お疲れ様です、風早先生」

「お互い様。いまの、出動命令?」


問えば、こっくりと首を縦に振って頷いた。


「基地の近くで、反UC派が無断で街頭演説してるって通報があったみたいです……関と一緒に出て、注意して来ます」


言いながらベッドから降りた彼が、枕元にあったベストとブルゾンを手にして素早く羽織る。
片手でカーテンを開いてから振り返り、風早先生、と小さく呟いた。


「ベッド、いつもありがとうございます」


一礼して背を向けた相楽に、風早は立ち上がってその腕を掴んだ。きょとんと見上げてくる大きな瞳に苦笑を返す。


「眼鏡、忘れてる」


風早が言って、枕元にぽつんと残された眼鏡を指差せば、ハッとしたように目許を指で押さえた。眼鏡を忘れたことにようやく気付いたらしい彼は、眉を下げる。
相楽が掛けているのは、度が入っていない伊達眼鏡だ。視力が悪くて眼鏡を掛けているわけではない。
その理由は、恐らく相楽の顔立ちが「彼の母親」に似ているからなのだと思っている。眼鏡を掛けることで、少しは誤魔化しているつもりなのだろう。
風早が眼鏡を手渡すと、しゅんと眉を下げたまま着用し、ありがとうございますと呟いた。


「気をつけろよ」


手を伸ばして、少しだけ乱れていた髪をふわりと撫でてやると、やはり擽ったそうに目を細めた。乱れが無くなったことで手を離すと、しっかりと風早を見上げた相楽は頷いて、背を向ける。
今度こそ誰に止められることもなく医療班のオフィスを出て行った姿に、長く息を吐き出してから、彼が眠っていたベッドの端へと腰掛けた。


ファースト・フォースといえば、軍内でもっとも交戦率の高い部隊だ。ファースト・フォースが現場に出れば、必ずと言っていいほど、大小問わず小競り合いが起こる。
無断の街頭演説の取締りをするだけといえども、任務に出れば、自ずと危険に晒されるだろう。
軍人と呼ぶには華奢で小柄な彼も、銃を構えて闘っている。彼自身のものか、それとも交戦した相手のものかはわからないが、血だらけで帰ってきたこともある。

相楽が任務に出る瞬間に遭遇してしまうと、いつも喉元まで出てくる言葉がある。
軍の若き名医と呼ばれている自分らしくもない事を言ってしまいそうになるのを、いつも、必死に堪えている。
それは、軍医としてではなく、相楽の成長を楽しみにしている男としての、たった一言の本音だ。


「行くなよ……」


そんな事を言ったら、あの子はどういう顔をするんだろう。
困った顔をするのか、怒った顔なのか、それともホッとした顔か……

ベッドを手の平で撫でてみれば、まだ相楽の体温がそこには残っている。
目を伏せれば脳裏に浮かぶ穏やかな寝顔に、ただ、無事に帰ってくるのを祈った。



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あきゅろす。
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