Story-Teller
【番外編】 WHY





「あなたの運命の人は、社交的で優しく、愛情深いタイプの人です」

頭上から告げられて、相楽は、首を捻って斜め上を見上げた。
相楽が座っているソファーの背もたれに寄り掛かって背を向けていた高山が、振り返る。目が合うと、くすりと小さく微笑んだ。

長い一日を終えて流れていたのは、静かで穏やかな時間だ。殺伐とした任務に着くファースト・フォースのメンバーたちも、隊服を脱いで隊員寮に戻ってしまえば、ようやく肩を下ろすことができる。
隊員寮の一階にある休憩スペースに何気なく来てみた相楽が、同じように通りすがった高山と合流してから、しばらく経った頃だった。


「心理テストの結果だ」


そう言う高山の手には、彼には不似合いな薄ピンク色の雑誌が乗せられている。
テーブルの上には、寮に住んでいる隊員たちがそれぞれ持ち寄った雑誌や漫画が溢れていて、自由に読んでいいような体をしている。高山の手にあるのは、そのうちの一つらしい。
恐らく相楽と同年代ほどの女性が読むであろうファッション雑誌を手に、高山は楽しそうに口許を引き上げていた。


「なんだか不思議なことを聞いてくるな、と思いました」


背中合わせの形で本を読んでいた高山は、終始意図が掴めぬ質問を繰り返していたのだが、ようやく合点がいった。
どうやら、高山は雑誌に載っていた心理テストを試していたようだ。

テーブルに置くなら、花? それとも鏡? だとか。
カーテンを新調するなら暖色? 寒色? だとかいう質問に律儀に答えていた相楽は、思いきり眉を下げた。


「……運命の人って……また胡散臭い……」

「まぁ、ただの占いだからな」


苦笑を返してくる高山を見上げていた相楽は、視線を手元の文庫本に戻した。無理矢理に捻った首が少し痛い。
書面につらつらと並ぶ固い文章を流し読んでいた相楽は、高山の言葉を思い出して、首を傾げた。


「社交的で、優しく、愛情深いタイプの人……?」

「ああ」


高山が雑誌を捲りながら頷くと、相楽はへぇ、と呟く。


「高山さんみたいな人ですね」

「……」


呟かれた相楽の言葉に、高山は目を丸めて相楽を見下ろした。視線に気付いた相楽が、きょとんと見上げると、じっとその目を見つめ返してくる。
どうしました? と小首を傾げた相楽に、ようやく視線を逸らした高山は雑誌へと目を向けた。


「まさか、俺の名前が出てくるとは思わなかったからな」

「……高山さんが一番しっくり来たので」


相楽がそう返せば、高山は片手で口許を覆う。


「異性を思い浮かべるところだったんじゃないか」

「……言われてみればそうですね」


少し抜けた声で言う相楽に、片手で隠した口許が緩んだ。


「運命の相手が、こんなおっさんだったら嫌だろう」

「高山さん、おっさんなんですか」


反応して欲しいところとは違う部分に食いついてきた相楽が、目を丸めて見上げてきた。
きょとんとしたその表情がやけに幼くて可愛いな、などと思った高山は完全に口許がにやけてしまっていたことに気付く。軽く咳払いをして浮かんだ邪念を払えば、相楽は不思議そうに首を傾げている。


「吉村が最年長だけどな。相楽から見れば、俺もおっさんじゃないか」

「篠原さんより全然若いですよ」


いきなり出てきた年下の上司の名前に、高山は無意識に眉を寄せてしまう。しかし、見下ろした相楽の方が高山よりも顔を顰めていたので、寄った眉を相楽に気付かれないうちに元に戻した。


「あの人、ちょっと年齢誤魔化してますよ絶対。口煩いし、やたら悟ってるし」


ぶつぶつと文句が漏れ始める相楽から視線を外して、小さく息を吐いた。
相楽が篠原の話をするのは、あまり好きじゃない。
仲が悪いようでいて、実はコンビとしては相性が良い相楽と篠原に嫉妬混じりな想いがあるようだ。
……我ながら大人げない感情だとは自覚している。


「ある意味、篠原も愛情深いんじゃないか。これだけ嫌われてる部下にもきちんと指導するしな」

「うわぁ……冗談ですよね……?」


顔面を引きつらせて首を横に振った相楽は、大きな溜め息を吐き出してから、文庫へと視線を落とした。


「高山さんじゃなきゃ無理ですよ、運命の人なんて」

「……」


相楽、それは、どういう意味なんだ?
相楽の言葉の真意がわからずに狼狽しながら視線を下げると、相楽は、あ、と声を出して立ち上がった。
ソファーに寄り掛かる高山と視線が同じ高さにあることに、相楽は一瞬首を傾げて、しかしすぐに眉を下げる。


「テーブルの上にココア置きっぱなしで来たかもしれません。冷める前に部屋に戻ります」


今の相楽の脳内はココアの事で埋め尽くされているのだろう。
先程の爆弾発言の真相は気になるものの、高山は穏やかな微笑を返した。


「明日もハードだからな。ゆっくり休めよ」


言って柔らかい髪を撫でてやると、風呂あがりだったらしく、少し甘いシャンプーの香りがする。
髪を撫でられるくすぐったさに微笑を返した相楽は、深々と律儀な一礼をしてから休憩スペースを出て行った。

相楽が去ったフロアはやけに静かだ。
高山は、雑誌へと視線を落とす。自分の診断結果を見れば、こう綴られていた。


『あなたの運命の人は、守りたくなってしまう、年下タイプの人です』


その一文に、「空気読んでるなぁ」なんていう少しずれた感想を漏らして、雑誌をテーブルへと戻す。
ふとソファーに視線を落とせば、相楽が読んでいた文庫本が落ちていた。何気なくブックカバーを捲れば、その題名に思わず噴き出す。


『気難しい上司と上手くやっていく十の方法』


高山も相楽の上司にあたるが、この『気難しい』は篠原しか思いつかない。案外、上手くやっていこうという努力はしているらしい。

相楽の私物らしいそれを、高山は笑いを噛み殺しながら読み始めた。
自分が惚れた相手は、予想以上に風変わりだな、と口許を緩めながら。





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