菓子パンヒーロー擬人化
倒錯的恋愛感情 またはそれ以上の何か
*バイキンマン×ホラーマン*
振り下ろした右足の下で、ぺきりと軽い音がした。
まずい、とそう悟った瞬間には、視界の隅で、友人が絶叫を上げる。
「ロボカビルンルン試作品第一号ちゃーん!!」
聞こえたそれは、どうやらたった今、僕が踏み潰したものの名称らしい。何やら聞き取れぬ言葉を吐き出しながら、友人ことバイキンマンが猛烈な足音でこちらへと駆けて来る。
そっと足を上げてみれば、蛍光パープルの胴体に犬の様な四肢が付いたメカが、無残に真っ二つになっていた。そうしたのは、僕だ。
よろよろと僕の足元にへたり込んで、バイキンマンがガラクタと化したメカを両手で拾い上げた。上から見下ろした彼の目に溜まった涙に、冷や汗が流れる。
「ご…ごめん…」
咄嗟に謝ってみても、反応は無い。呆然としたままの彼が、ぎゅっとメカを胸に抱く。俯いてしまった彼の表情が窺えず、身体が緊張で冷えていった。
「その…気付かなくて…」
やはり、反応は無い。バイキンマンは、いくら怒っていても律儀に相槌を返してくれる生真面目さがあった。それなのに、今は返答すらしたくないらしい。
本格的に怒らせてしまった、と慌ててバイキンマンの隣にしゃがみこんだ。
「ごめん。直すの手伝いますから」
反応はなし。
「その、僕はあまりメカに強くなくて…足手まといかもしれないけど…」
やっぱり反応はなし。
「お茶とか、コーヒーを淹れるくらいなら出来るから…」
反応なし。
それもそうか。僕は、全くと言っていいほど機械作りには向いていない。そんな僕が手伝うと言っても迷惑なだけだし、ここ数日、毎日徹夜までしてこのメカを作っていたほど、バイキンマンはこのメカに全力を注いでいたのだ。
激怒して、無視されても仕方が無いことを、僕はしてしまったんだ。
そう思うと同時に、目頭が熱くなった。どうしよう、どうしようという想いが募り、抱え込んだ膝に爪を食い込ませる。
今日は、バイキンマンが「プレゼントがあるんだよ!」と妙に嬉しそうに連絡をして来たから、彼のラボまでやってきたのだ。
メカ作りに没頭していた彼はここ数日、僕が来たことにも気付かないほどだったし、それなりに寂しいとも思っていた。いつもこちらに、思いやりやら何やら重いほどの感情を向けてくる彼なのに、完全に意識の外に置かれてしまっていたことが気に入らなかった。
だから、バイキンマンから連絡が来て、嬉しいと思ってしまったのだ。
内心はわくわくしていたけれど、それを悟られるのは恥ずかしい。と、わざと約束の時間から十分程遅れて訪ねてみた。
手には、彼が好きなコンビニのチョコまんが入った袋を提げて。でもそれは「貰ったので」と嘘をついて渡すつもりで。
ドキドキしながらラボを開いて…
なんでこうなっちゃうんだろう。
泣きそうになるのを必死に堪える。多分、泣きたいのはバイキンマンの方だ。
必死になって作ったメカが無残に壊されて、泣いて憤怒してもいいのはバイキンマンの方なんだ。
「ごめん、ホラー君」
目に溜まった涙をカーディガンの袖でぐっと拭った僕は、聞こえてきたバイキンマンの声に思考を止める。
ごめん。と、なぜか彼が謝った気がした。意味が解らずに彼を見れば、そっと顔を上げた彼は、自分と同じ様に涙目になっている。
「ごめんね、ホラー君」
やっぱり、彼が謝っている。慌てて彼ににじり寄れば、バイキンマンはしゅんと眉を下げた。
「どうしてあなたが謝るんですか?僕が壊したのに」
「うん。壊れちゃった」
バイキンマンは、真っ二つになったメカを撫でて、すん、と鼻を鳴らした。
「ホラー君への誕生日プレゼント、壊れちゃったよ」
彼の声が、とん、と僕の耳に届いて消えていく。
それは、どこか甘くて、それでいて理解できなくて、でも一気に胸が熱くなる言葉だった。
「僕の、誕生日、プレゼント…?」
呟けば、バイキンマンは頷いた。潤んだ瞳で見つめてくる彼をジッと見つめ返せば、薄い唇が僅かに震えてから動く。
「誕生日おめでとう、ホラー君。誕生日プレゼントは壊れちゃったけど、お祝いしよっか」
目に見えて落ち込んでいる彼の、低い声が静かに響く。僕は彼を見つめたまま、何度も首を横に振った。
「た、誕生日…?」
「そうだよ。今まで祝ったことが無かったから、今年はちゃんと祝おうとして…」
「これは、僕の…」
バイキンマンの腕の中にある残骸を見つめて、そっと手を伸ばす。触れた冷たい感触が、酷く愛しい。
「僕のために、作っていたんですか…?」
問えば、バイキンマンがこくりと頷いた。まだ伏せがちな彼の瞳が、メカを見てから、僕へと移る。
紫がかった黒い瞳が僕を映した途端に、僕の目からはワッと熱い涙が溢れ出ていた。
「え、え、ホラー君?」
突如泣き出した僕に、バイキンマンが甲高く裏返った声を上げて驚いている。おろおろとしている彼の腕の中のメカを、僕は泣きながら取り上げた。
胴体の中の幾本かの導線だけで繋がった真っ二つのそれをぎゅっと抱き締めて、僕は彼の肩にそっと額を乗せた。
そうすると、意味も無く両手をあちこちに揺らしていた彼が、そっと僕の頭を撫でてくれる。
「バイキンマン」
呼んでみれば、きゅっと胸が苦しくなる。
嬉しくて、愛しくて、涙が止まらなかった。
「ありがとうございます、バイキンマン」
伝えたこの気持ちが、ちゃんと伝わればいいな。温かいバイキンマンの手に、僕はゆっくりと目を伏せた。
「結局これは、なんなんですか?」
チョコまんを頬張ったまま、壊れたメカを直し始めていたバイキンマンに聞いてみる。オイルで汚れた手でチョコまんを掴もうとするのバイキンマンを制止して、僕が彼の口にチョコまんを運んであげれば、彼は嬉しそうに目元を緩めた。
「ロボカビルンルン試作品第一号」
「名前を聞いているんじゃなくて」
近くにあったソファに腰掛けた僕は、彼の手で着々と直されていくメカを眺める。鮮やかなまでに明るい紫色は、彼のイメージカラーだ。なにかと紫を多用する彼の悪い癖は、未だ治っていないようだ。
丸い胴体に、長い手足。僕が踏みつける直前は、四肢でぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして移動していた気がする。ペットか何かのつもりなのだろうかと眺める僕の目の前で、息を吹き返したメカが、すっくと立ち上がった。
「これはね、ホラー君専用のボディーガードなんだよ」
「ボディーガード、ですか?」
「そう。ホラー君、夜遅くに帰るでしょ?夜道は危ないから、これをお供にー…」
そう自慢げに話した彼の表情が、さっと青褪めるのが見えた。彼の視線の先には、作業台の上でぎこちなく体を持ち上げるメカの姿。
ああ、直ったんだ。とぼんやりと眺めていれば、椅子を倒しながら立ち上がったバイキンマンが叫ぶ。
「ホラー君、逃げて!!」
え?
そう呟こうとした僕の左頬を、何やら熱いものが掠めた。そして、じんわりと走る痛み。意味が解らずに頬を撫でれば、なぜか、僕の頬には一直線上に切り傷が出来て血を滲ませていた。
「…はい?」
「ホラー君!!」
ポカンとしたままの僕の手を、バイキンマンが強引に引いた。半ば押し倒される形でバイキンマンと共に床の上に転がった僕の視界に映ったのは、真っ赤な光。
「…え?」
「ロボカビルンルンは、超攻撃型メカなんだよ!胴からは高温レーザー、手はダイヤモンドカッターに変化可能、脚はチーターよりも速く走れる」
「…で?」
さっと僕を起き上がらせたバイキンマンの顔は、やはり青褪めている。彼の背後に見えたのは、作業台の上でぐっと二本の足で立ち上がる、例のメカの姿。
胴体に付けられた穴は真っ赤に光り、キュインキュインと怪しい音を立ててどんどん光を増していく。振り上げた手は、きらりと輝く程に鋭利な刃へと変化していた。
「…つまり?」
僕が呟けば、蒼い顔をしたままのバイキンマンが、誤魔化す様にへらりと笑った。
「ごめんね、暴走したみたいだ」
彼の背後で、メカがぐぐっと両足に力を入れる。途端に作業台はめきめきと音を立て、メカが跳躍すると同時に真っ二つにへし折れてしまうのが見えた。
「逃げるよ、ホラー君!!」
僕の手を引いたバイキンマンが駆け出した。一気にラボの出入り口へと駆ける僕とバイキンマンを、ずしんと音を立てて例のメカが追ってくるのがわかった。背中に受けた圧迫感に、ごくんと息を飲む。
「ば、ばいきんまん」
駆ける僕たちの左側を、真っ赤な光が通り過ぎていった。光はラボの壁に当たり、どろりとまるで氷のように解かしていく。
「ばいきんまん」
背後で、動物の咆哮のような唸り声が響いた。びりびりと鼓膜を震わせたそれに、僕はまた涙が出そうになってしまう。
「もう、誕生日、祝ってくれなくていいです…」
そんな声が、僕の手を引く彼に聞こえていたのかはわからない。
命の危険を感じながら、僕は、「本当にこの人のこと好きなのかな」と疑問を抱いていた。
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