『あいつ』がよく飲んでいたメーカーのおしるこは、今は製造されていないらしい。
『あいつ』は美味い美味いと言いながら飲んでいたが、ざらざらとしてただ甘いだけで美味いと感じられなかったから、製造終了だと知った時は「やっぱりな」と思った。
幼馴染み。
そうだな、あいつは幼馴染みなんだろう。
「いる。それなりに仲も良かったな」
「どんな人ですか?」
「どんな人って……明るかったかな。クラスに一人はいるだろ? 人気があって、面白くて、運動が出来て、男子にも女子にも友達が多いってタイプのやつ」
「……意外ですね。風早先生は、そういうタイプとは合わないイメージがあります」
純粋な感想を述べる彼に、思わず口端を上げて意地悪気に笑って返す。
「そうだな。うるさい奴は好きじゃない。それに、面倒臭いくらいお人好しで、お節介だった」
「……そういうわりには」
ちらりと見てくる彼の目は、不思議そうだ。
幼馴染みってことは、合わないタイプの人間だけど長年つるんでいたんでしょ? と窺う彼の目に、おしるこの缶をくるくると回しながら口を開いた。
「なんでだろうな。正直、共通点なんて一つも無かったし、今思えば、本当に何で一緒に居たのかが解らない奴なんだよ」
「……今は……」
彼が問いかけてから、気まずそうに口を閉ざした。
意図的に過去形で話していたことに気付いたようだ。
今は、もうつるんでないんですか?
そう続くはずだった彼の問いに、そっと目を伏せる。
「ただ、嫌いじゃなった」
そう吐き出して、ようやくおしるこの缶を開いた。
途端に溢れ出す甘だるい匂い。
『あの頃』とは違うメーカーのおしるこだが、匂いは一番似ている。味は、全く違って、美味い。
缶に口をつけて、一口飲み込んだ。
もうとっくに冷め切ったと思っていたのに、中はまだ熱かった。
勢いよく飲んだせいで、喉の奥が熱い。舌の上もひりひりとしている。
外面では冷め切ったように見せていても、内は痛いほどに熱いもんだ。永く永く熱に浮かされて、なかなか元には戻れない。
少しずつ少しずつ加熱していって一番熱いところまで達して、持て余してしまった熱さに堪え切れなくて、時折破裂する。
……おしるこ缶の話だ。
急激に温めるのは危険だ。器が堪え切れなくて壊れてしまう。
一度熱してやれば、たとえ器自体は冷めていても、その内部は一番熱かった頃の温度を保っていて、なかなか冷えてはいかない。
それって大体人間にも言えることなんじゃないか。と、阿呆なことを言ったのは『あいつ』だった。
少しずつ好きになっていって、限界まで好きになって、そうしたら、一度冷めても、きっと中では燻ってると思う。
「だから、だからさ、凉介」。
強い力で腕を掴んだ『あいつ』の手が熱かったことをやけに鮮明に覚えている。
俺はまだ、内のどこかであいつのことを好きなんだと思う。
内のどこかで、まだ熱を持って、燻っている気持ちがあるのだろう。
甘ったるい餡子の香りが、こんなに泣きたくなってしまうほど苦しくさせるなんて、思い出したくはなかった。